GLOCAL Vol.3
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10認知能力だと言える。 試しに、次の【  】内の文章の赤い文字で書かれた部分だけを声に出して読んで、読んだらすぐこの文章を手で隠してほしい。【自然環境のゆうやくんは破壊はゆうべできるかぎりおくじょうに阻止すべきだとのぼって誰もがまわりのやまやまを考えているながめました。】 赤い文字だけを読むのは、簡単だったはずである。しかし、黒い文字で何が書かれていたか、答えられるであろうか。事実、講義で学生に同じことをやってもらい、直後に「黒い文字では何が書かれていたかわかりますか?」と聞いて内容が答えられた学生はこれまでに一人もいない。黒い文字も目で追ったはずなのにである。You Tubeに“Test Your Awareness: Do The Test”という映像が公開されている。これをご覧いただけば、人間の選択的注意の秀逸さをさらによく実感していただけるはずである。 こうした実験結果は、我々が注意を向けていない情報をほとんど処理しないことを示している。したがって、注意して見ていたわけでなくたまたま目撃した犯罪なり交通事故なりの現場の情報を我々が正確に記憶している可能性は、極めて低いと考えざるを得ない。■情動 Clifford & Hollin(1981)は、男性が暴力行為で女性からハンドバッグをうばうという凶暴なビデオと、男性が女性に道を尋ねるという凶暴でないビデオを参加者に見せた。そして、その後参加者に、男性の特徴を報告させ、写真識別を行わせた。その結果、凶暴条件の特徴報告や識別の正確度は、非凶暴条件より極めて低いことが明らかとなった。 この結果は、情動的動揺が記憶を妨げることを示している。このことから、「怖かったのでよく覚えている」というのは誤解であることがわかる。凶悪犯罪、残忍な犯罪を目撃した際に正確な証言を行うのは、そうでない場合より難しいのである。■推論と連想 「男は頭から血を流して倒れていた。女の手には花瓶が…」。これを読んだ読者は当然、女性が男性を花瓶で殴り殺したと推論し、理解し、記憶する。しかし、実際はそんなことはどこにも書かれていない。 このように、人間は入力された情報を推論で補完して理解し、記憶する。その推論は無意識である。そのため、記憶に基づく証言が事実なのか推論の結果なのかは、特に時間が経過してしまうと、本人にもわからない。 連想も、事実と異なる記憶、いわゆる虚記憶を生む。例えば、「画面に呈示される単語をできるだけたくさん覚えてください」と伝えた上で、「活字」、「勤務」、「老人」、「国語」、「育児」…と、数多くの単語を見せた上で、「先ほど呈示された単語の中にあったかなかったかを判断してください」という再認課題を課すと、「文字」、「雇用」、「介護」、「漢字」、「子ども」のように、呈示された単語と意味的に関連の深い単語を誤って「あった」と答える確率が高くなる。 このことは人間が、呈示された情報と関連のある情報を連想し、当該情報とともに記憶してしまうことの証拠である。Loftus & Palmer(1974)で紹介した、「激突した」と言われた参加者の方が「ガラスの破片」を見たと答える確率が高くなったのも、連想の影響である。おわりに 大切なことは、証言の誤りは意図的、意識的に生じるのではなく、無意識に起こりうるということを認識しておいていただくことである。目撃者は皆、懸命に、誠実に報告する。彼らは、本当にそうだと信じて証言しているのだが、紹介したような様々な心理的要因が無意識のうちに証言を誤謬に導く。 特定の要因が無意識のうちに証言を歪曲させることをあらゆる人に理解してもらうためには、客観的な証拠を提示せねばならない。そうした要因を見出し、客観的証拠を得ることは、認知心理学の使命であり、行動科学である認知心理学の重要な研究の1つなのである。引用文献Clifford, B. R., & Hofflin, C. R.(1981). Effect of the type of incident and the number of perpetrators on eyewitness memory. Journal of Applied Psychology, 66, 364-370.Loftus, E. F.(1975). Leading questions and the eyewitness report. Cognitive Psychology, 7, 560-572.Loftus, E. F., & Palmer, J. C.(1974). Reconstruction of automobile destruction: An example of the interaction between language and memory. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 13, 585-589.

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