GLOCAL Vol.3
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14多くの能力を駆使しながら、大人とほぼ同等に人の心を理解し利用できていることになる。まとめ 本稿では、子どもの心を知ることばとして「ウソ」を取り上げた。3歳児の「ウソ」は人を意図的に騙すものではなく、現実と想像を区別できないといった3歳児の認知能力を表している。それが5歳児になると、大人により近い意図的な嘘に発達する。3歳児の「ウソ」は豊かな想像力の表れであり、5歳児の「ウソ」は認知能力、特に他者の気持ちを理解する能力の顕著な発達の表れであるともいえる(Figure. 1)。 子どものことばは子どもの発達を映す鏡であり、子どもを理解する上で重要な手がかりである。しかし本稿で議論した子どもの「ウソ」の発達の知見は、大人の価値観のみから子どものことばを決めつけて理解することの危険性を示しているともいえるだろう。主要引用文献Golomb, C., & Galasso, L.(1995). Make believe and reality: Explorations of the imaginary realm. Developmental Psychology, 31, 800-810.箱田裕司・仁平義明(2006).嘘とだましの心理学―戦略的なだましからあたたかい嘘まで.有斐閣.菊野春雄.(2012). 母親の育児不安は嘘の認識を妨げるのか, それとも促進するのか. 大阪樟蔭女子大学研究紀要, 2, 43-45.Lewis, M., Stanger, C., & Sullivan, M. W.(1989). Deception in 3-year-olds. Developmental psychology, 25, 439-443.Polak, A., & Harris, P. L.(1999). Deception by young children following noncompliance. Developmental psychology, 35, 561-568.佐藤友美.(2010). 就学前児における他者を考慮した説得の発達. 心理学研究, 81, 471-477.Talwar, V., & Lee, K.(2002). Development of lying to conceal a transgression: Children’s control of expressive behaviour during verbal deception. International Journal of Behavioral Development, 26, 436-444. Golomb and Galasso(1995)は、子どもの現実と想像の区別について検討するため、次のような実験を行った。 実験者はある部屋で子どもに空の箱を見せ、箱には何も入っていないことを確認した後、箱にうさぎが入っているという想像上の設定をする。その後実験者が部屋を空けている際に子どもがどのような行動をとるのかをビデオで撮影した。すると3歳児は、あたかも箱にうさぎが入っているかのような行動をとる。たとえば、箱をなでたり箱の中身をそっと覗いたりする。一方、箱に何か入っているという設定をしなければ、3歳児は箱に対してそのような行動は見せない。つまり、箱に興味があるからという理由ではなく、その中に想像したものがあたかも現実にあるような行動をとっている。その後実験者が部屋に戻り、箱の中に何か入っているかと聞くと、何も入っていないと正確に答えることができる。 つまり、3歳児は現実と想像というものをそれぞれ理解はしているものの、それを区別することは難しいということがわかる。想像したことがあたかも現実でも起こっているかのように考えてしまうのである。このような箱に対する行動は、5歳児には見られないことから、5歳になれば現実と想像の区別が可能になると考えられる。3歳児の「ウソ」からわかること̶想像力の発達̶ このように、3歳児は現実と想像を区別することが難しい。これが、3歳児の「ウソ」の原因の1つであると考えられる。たとえば、友だちが見てきたことを先生に得意げに話しているのを見て、自分も見たような気になったり、できたらいいのに、と想像していることが自分の中では現実となり、できる、ということばになってしまう。 確かに3歳児が言っていることは大人からしてみれば「嘘」である。しかし、想像力が豊かでなければこのようなことばは出てこない。実際2歳児では3歳児のような「ウソ」は見られない。つまり3歳児の「ウソ」は想像力の芽生えの証拠であるととらえることもできる。5歳児の「ウソ」からわかること̶人の気持ちの理解の発達̶ 3歳児の「ウソ」が嘘とは言えない理由はほかにもある。そのためにはまず、大人のいう嘘を知る必要がある。嘘とは、他者に真実とは異なる情報を意図的に与えることを言う(箱田・仁平、2006)。たとえば、相手に缶に入っているクッキーを食べられないようにするために、缶の中には何も入っていないという情報を与えることは、嘘をつくということになる。このような嘘をつくためには、人の気持ちを理解し、そのような気持ちがその人の行動にどのように影響を与えるかを理解する必要がある。 この力のことを心の理論という。心の理論とは、他者の心的状態の理解や、心的状態から行動を予測・説明する上で必要な知識のことである(Wellman, Cross, & Watson, 2001)。心の理論が獲得されるのは5、6歳頃からであり(Naito, Komatsu, & Fuke, 1994)、心の理論が獲得されると人の気持ちを考える必要のある行動、たとえば説得なども可能になる(佐藤、2010)。つまり、5歳になると人の気持ちがわかるようになったり相手の行動を推測できるようになるため、5歳児の「ウソ」は嘘に近いものであると考えられる。ただし5歳児の嘘も大人と同じであるとは言えない未熟なもので、たとえば嘘を見破られないように付き続けることは難しいことが示されている(Talwar & Lee, 2002)。 いずれにしろ、5歳児は先ほど挙げたような想像と現実の混同想像と現実の区別人の気持ちの理解「ウソ」嘘3歳5歳Figure.1 子どもの「ウソ」の発達と関連要因のまとめ

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