GLOCAL Vol.4
17/32

2014 2014 Vol.4Vol.42014 Vol.4大学開学50周年記念号大学開学50周年記念号大学開学50周年記念号15はじめに 認知心理学 (Cognitive Psychology)は、1960年代後半に誕生した比較的新しい心理学である。認知とは、外界の対象を知覚し解釈し、理解するプロセスを指す。したがって認知心理学とは、外界から入力された情報が、脳というブラックボックスで処理され、理解、解釈、記憶、行動、思考、判断等の出力に至るまでの、人間の知的情報処理過程を明らかにすることを目的とした心理学だと言える。 1960年代は、コンピュータが飛躍的に進歩した時代でもあり、人間の情報処理過程をコンピュータが再現できるようになるのもそう遠くはないと考えられていた。特に、1950年代後半に発表されたChomsky (1956)の変形生成文法は、言語の普遍的構造が数学的に定義される可能性を示した。また、Newell & Simon (1956, 1957)による問題解決過程のシミュレーション研究の成功は、人間の思考を記号処理過程としてモデル化しコンピュータで再現できるという期待をもたらした。 ところが、人間の情報処理過程をシミュレートしようとする試みは次々と頓挫した。それは人間が、当時の人々が考えていたよりも遙かに高度な情報処理を行っているために他ならなかった。そして、人間の情報処理過程を研究する認知心理学は徐々に脚光を浴びるようになり、Neisser (1967)が "Cognitive Psychology" を出版すると、様々な領域の研究者がこれを読み、人間の情報処理過程への関心が高まった。そして、1970年には同名の学術雑誌、"Cognitive Psychology" が発行され、認知心理学は1領域として確立した。また、同じ人間の情報処理過程を明らかにするという目的を持つ工学、言語学、哲学、大脳生理学等の研究者は新たに認知科学という学際的学問領域を構築し協力を始めた。最近ではこれが脳科学と呼ばれることもある。 認知心理学が誕生する以前は、実験系心理学には学習心理学、知覚心理学、記憶心理学等、様々な領域があった。しかし、いずれも人間の情報処理過程を扱う点では同じであることから、脳内での情報処理を扱うこれらの心理学は、認知心理学という枠組みでくくられるようになった。また、子どもの言語発達などの情報処理過程を扱っている研究者は、発達心理学者であると同時に認知心理学者でもあるし、自閉症児の認知機能や情報処理過程の特徴を扱っている臨床心理学者は認知心理学者でもある。そのため、認知心理学会では実験系から臨床系に至るまでの様々な領域の研究者が発表を行っている。心理学専攻での 認知心理学研究の現在 現在、心理学専攻の認知心理学を専門とする教員は筆者(水野)と松井孝雄教授の2名で、院生は1名である。ここでは我々や院生が行ってきている認知心理学研究を紹介する。母語による文字・単語処理過程の相違 認知心理学では、よく文字や単語等の言語刺激を用いて言語処理、学習、記憶過程を解明する実験を行う。大半の実験は欧米で行われ、数多くの知見が得られてきた。しかし我々は、日本語母語者の文字や単語の処理過程自体が英語母語者と異なるため、結果ひいては知見が違ってきてしまうことを見出した。ここではその研究を簡単に紹介する。 アルファベットやひらがな、カタカナは、表音文字と呼ばれる。表音文字は、形態コードと音韻コードという2種類の符号から成り、各コードの処理過程は文字マッチング実験という手法で検討されてきた。文字マッチング実験とは2つの文字を、Figure 1に示すような3条件で一定の時間間隔をおいて呈示し、それらの異同判断時間を測定するものである。第1文字は、第1文字の処理が完了するのに十分な500ms呈示されるため、第2文字が呈示された時の形態的一致と音韻的一致の判断時間はそれぞれ、第2文字の形態コードと音韻コードの処理時間を反映することになる。Posner, Boies, Eichelman, & Taylor (1969)は、呈示間隔を独立変数とした文字マッチング実験を実施し、形態コードの処理速度と音韻コードの処理速度を明らかにするとともに、時間の経過とともに音韻コードだけが利用されるようになることを見出し、これが定説となっていた。しかし、我々と中部大学の提携校であるOhio UniversityのBellezza教授と院生の共同研究では、そうした傾向は英語母語者で認められるだけで、日本語母語者の形態コードの処理速度は英語母語者より迅速で、かつ、日本語母語者の音韻コードの利用度は低く、主に、そして継続的に、形態コードを利用する傾向にあることが明らかとなったのである (水野・松井・Bellezza, 2007; Mizuno,Matsui,Harman, & Bellezza, 2008).Figure 1.文字マッチング実験の3条件と異同判断心理学専攻認知心理学研究の現在と将来の夢1国際人間学研究科 心理学専攻教授水野りか(MIZUNO Rika)名古屋大学大学院教育学研究科博士課程後期課程単位取得退学。専門は認知心理学・認知科学。博士(工学)(名古屋大学)、博士(教育心理学)(名古屋大学)。近著は「認知心理学の新展開-言語と記憶」(共著)(2012、ナカニシヤ出版)。

元のページ  ../index.html#17

このブックを見る