GLOCAL Vol.4
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16その知見が社会的にいかに貢献しうるかについて、広く理解が得られるよう努力をしてい きたい。これが理解されるようになれば、人文系の院生の社会進出がより円滑になり、これがひいては、より多くの院生の心理学専攻の入学、実りあるより多くの研究の遂行につながるはずである。近い将来これが実現すること、それが我々の夢である。引用文献Baddeley, A. D., Thomson, N., & Buchanan, M. (1975). Word length and the structure of short-term memory. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 14, 575-589.Chomsky, N.(1956). Three models for the description of language. IRE Transactions on Information Theory, 2, 113-124.水野りか・松井孝雄(印刷中). 日本語母語者における漢字表記語のメモリスパンに対する形態情報と音韻情報の影響 認知心理学研究.水野りか・松井孝雄・Francis S. Bellezza (2007). 表音文字処理における形態・音韻コードへの依存度の日本語母語者と英語母語者の相違 認知心理学研究, 5, 1-10. Mizuno, R., Matsui, T., Harman, J. L., & Bellezza, F. S.(2008). Encoding times of phonograms by English and Japanese readers: Eliminating the time for attention switching. 認知心理学研究, 5, 93-105.Neisser, U.(1967). Cognitive psychology. Englewood Cliffs, NJ : Prentice Hall. Newell, A., & Simon, H. A.(1956). The logic theory machine--A complex information processing system. IRE Transactions on Information Theory, 2, 61-79.Newell, A., Shaw, J.C., & Simon, H.A.(1959). Report on a general problem-solving program. Proceedings of the International Conference on Information Processing, 256-264.Posner, M. I., Boies, S. J., Eichelman, W. H., & Taylor, R. L.(1969). Retention of visual and name codes of single letters. Journal of Experimental Psychology. Monograph, 79, 1-16. その後の研究で、形態コードへの依存度が 高いという日本語母語者の傾向が、単語でも見出された。単語の作業記憶容量(メモリスパン)を調べた欧米の研究では、音韻数が多い単語ほど読みの速度が遅くメモリスパンが少なく、読みの速度の速い参加者ほどメモリスパンが大きいという比例関係が認められ、約2秒で読める単語数とメモリスパンが一致することが見出されていた (Baddeley, Thomson, & Buchanan, 1975)。しかし水野・松井(印刷中)は、この著名な実験結果はあくまでも英語母語者のもので、日本語母語者の場合は単語の音韻数よりもむしろ文字数の影響が大きいのではないかと考えた。実際、Baddeleyら (1975)で用いられた音韻数の多い単語は、文字数も多かったのである (e.g, "Zinc" vs. "Alminium")。そこで、モーラ数(日本語の音韻的長さを表す単位)は異なるが文字数が等しい単語 (e.g., 「初歩」 vs. 「昔話」)を刺激として日本語母語者のメモリスパンを測定したところ、読みの速度とモーラ数に比例関係はあるものの、読みの速度が速い参加者ほどメモリスパンが大きいという関係は認められなかった。また、文字数は異なるがモーラ数が等しい単語 (e.g., 「薬」 vs. 「八百屋」)を刺激としてメモリスパンを測定すると、読みの速度が同じでも文字数が多いほどメモリスパンが小さかった。つまり、日本語母語者の単語のメモリスパンには単語の音韻的な長さよりも形態的な長さの方が大きく影響することがわかったのである。 日本語母語者は極めて多くの同音異義語を利用する。その多さは他の言語に類を見ない。例えば、公正、向性、厚生、好晴、更生、更正、構成、攻勢、坑井、後世、恒星、恒性、行星、校正、後生、苟生、高声、控制、甦生、硬性、荒政、興盛、薨逝、鴻声、曠世、孔聖、広西、江西、江青は皆同じ [kousei] という発音を有するが、日本語母語者は苦もなく処理することができる。こうした言語で音韻コードに依存したのでは特定の語彙表象に到達することは難しいはずで、形態コードへの依存度が高くなるのは当然であろう。この事実を無視して欧米で行われた研究の追試を行えば、全く異なる結果が得られ、解釈を誤る可能性もある。 日本語母語者の文字・単語処理特性を明らかにすることは、そうした誤った解釈の防止と確かな心理学的知見の獲得にとどまらず、人工知能工学等の他領域での、種々の母語者の特性を反映した自然言語処理の包括的モデルの構築にもつながることが期待されている。側方空間制限による重心動揺への 心理的影響の検討 現在在籍している認知心理学系の院生の古田国大氏は、春日井市のあさひ病院のリハビリテーション科に勤務する社会人で、主指導は松井教授、副指導は筆者と発達心理学が専門で子どもの他者理解能力、「心の理論」を研究している佐藤友美助教である。古田氏は、歩行リハビリテーションでの介入の際 (Figure 2)、側方に壁がある場合とない場合の重心移動が異なることを見出し、心理的な要因がその重心移動に影響する可能性を実験的に検討し、修士論文をまとめる予定である。 物理的な側方の空間制限と、心理的な影響要因の特定とその作用の過程やメカニズムが明らかになれば、この知見をもとに、より効果的なリハビリテーション介入が可能になることが期待できる。将来の夢 上述の通り、心理学専攻の認知心理学系領域では最新の研究が行われており、他の領域や医療実践への貢献も期待されている。また、Ohio Universityを始め多くの欧米の大学では認知心理学研究が極めて盛んで、その知見は各種の企業にも提供されている。しかし日本では心理学は人文系であり、院生の企業への就職の門戸は学部生よりも広くないのが現状で、これが進学者増加の妨げとなっている。しかし社会人である古田氏が得た研究成果が実践の場に直結した有用なものであることは、この領域の知見が社会的貢献にもつながりうることの証拠だとも言えよう。 今後は、認知心理学系領域でどのような研究が行われており、また、行われうるのか、心理学Figure 2.古田氏による歩行リハビリテーションでの介入の様子

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