GLOCAL Vol.5
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8プラスマイナスゼロのやる気を支える「幸福感」の動機づけの強さがどのような要因に規定されているかを検討することである。まず、これまでの自由記述や面接から収集した動機づけの項目を整理して67項目にまとめた。次にその動機づけの強さを規定する要因として以下のような内容を測定することにした。①年齢、就労の有無、既婚・未婚 ②パーソナリティ(外向性・協調性・勤勉性・神経症傾向・開放性) ③価値づけ・重要度(家庭・余暇・仕事・習い事・友人関係)④平等主義的性役割観 ⑤人間関係満足度(夫婦・家族)⑥家族からの肯定的フィードバック ⑦家事量(自分・家族)⑧主観的幸福感。調査対象は愛知県下の2つの市の成人1052名である。本研究ではこのうち20代から60代の女性937名を分析対象とした。 その結果、まず、家事の動機づけについては因子分析を実施して次の5つの因子を抽出した。①興味関心・効力感因子:「やることが楽しいから」「達成感が得られるから」など ②義務感因子:「家族に嫌われたくないから」「やらないと恥だから」など ③生活習慣因子:「やるのが習慣だから」「あまり考えずに自然に手が出るから」など ④生活必要感因子:「健康に生きるため大事なことだから」「やらねば生活できないから」など ⑤代替者不在感因子:「誰もやってくれないから」「やるのは私しかいないから」などである。そしてこれらの因子の平均評定値(1.どんな時もあてはまらない~5.いつもあプラスマイナスゼロのやる気とは 日常的に使用される「やる気」という概念は心理学では「動機づけ」と表現されることが多いが、いずれも顕在的な目標志向行動を生じさせる潜在的な心理的エネルギーと考えられる。したがって人間のほとんどの行動の背後にはやる気や動機づけが存在するとみることができる。心理学ではこれまでに様々な動機づけ研究が蓄積され、動機づけ理論が構築されてきた。ただし、筆者にいわせれば、その目標志向行動の目標はかなり偏ったものだった。代表的なものが大人の場合なら仕事の動機づけ、子どもでいえば学習の動機づけであったことは間違いない。もちろん、そこでは仕事や学習の質や量を向上させる動機づけが検討されていたといえる。 だが、人間の行動はこのようないわば生産的活動だけではない。ルーチンとして日常的に繰り返され、生命や生活を保持するための行動も少なくない。たとえば家事がそれに該当する。近藤(2010)は「歌手の加藤登紀子さんは『ご飯を作って食べる。洗濯物を汚したらまた洗うというプラスマイナスゼロの家事の積み重ねが女性の強みになっている』と日々の営みの大切さを語っていました」と述べている。この「プラスマイナスゼロの家事」という言葉は実に鋭く端的に家事の性質を表現しているように思われる。家事従事者が夕餉に一生懸命準備して家族を満腹感に浸らせたとしても、また早朝になれば朝餉の用意をすることになる。掃除についても毎日というわけではないにしろ、一度掃除機をかけたとしても数日もすれば同じ箇所にごみが溜まり、再度、掃除をすることになる。このように一度やったことが蓄積せず、しばらくすれば元の状態に戻り、何度も繰り返して同じ仕事をせねばならない。これがプラスマイナスゼロといわれる所以であろう。この種の仕事は炊事・洗濯・掃除等のいわゆる家事だけではない。育児や老人介護もそれに包摂される。ただし、両者には微妙な相違点もある。育児の場合は長い目で見れば結果として成長が期待されるのに対して、介護の場合は回復するとかより健康になるという変化はほとんど期待できない。このような相違はあるもののプラスマイナスゼロの仕事は一定時間が経つと繰り返されること、原則として報酬は期待できないこと、特殊な技能は必要でなく、誰もがほどほどにはできること、率先してやるというよりは生命や生活を持続するために義務的になされることが多いことなどが特徴としてあげられる。家事の動機づけの調査とその結果 速水・小平・青木(2013)は家事の動機づけについての調査を行った。その目的の第1は家事の動機づけにはどのような種類があるかを明らかにすることであり、第2は家事国際人間学研究科 心理学専攻教授速水敏彦(HAYAMIZU Toshihiko))1975年名古屋大学大学院教育学研究科博士課程修了。『教室場面における達成動機づけの原因帰属理論』で教育学博士(名古屋大学)取得。名古屋大学名誉教授。近著に『感情的動機づけ理論の展開―やる気の素顔―』(ナカニシヤ出版)、近編著に『教育と学びの心理学―基礎力のある教師になるために―』(名古屋大学出版会)。hayamizu@isc.chubu.ac.jp

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