GLOCAL Vol.5
15/20

2014 Vol.52014 Vol.513言語文化専攻ジャーナリズム・コース 博士前期課程2年Rim Harmessi(ハルメシ, リマ)チュニジア出身。2012年ESSTT(Ecole Supérieure des Sciences et Techniques de Tunis)卒業。幼少時よりアラビア語イスラム社会向けにローカライズされたアニメを見て育つ。幼少時のあだ名は「まる子」。敬虔なイスラム教徒にして、筋金入りの「アニヲタ」。アニメを通して接した日本文化に憧れ、2013年1月、ついに来日の夢を叶える。それまでの専攻(電気・電子工学)を変更し、現在、アラビア語イスラム文化と日本文化の相互理解を目指し、アニメのアラビア語版へのローカリゼーションを研究中。アニメとイスラムアラビア語イスラム社会における日本アニメのローカリゼーションとその背景的要因けのものでは、彼らが馴れ親しんでいるアラビア音楽の曲調にすることで、覚えやすく、歌いやすい効果を狙っていると推測される。 視覚的・言語的・音響的要素の変更に加え、イスラムの教えに反する世界観(タイムトラベル、若返りなど)や人間関係(親族の不仲、孤児の虐待など)が描かれている場合には、物語自体の設定が丸ごと変更されているケースも多く見られた。 以上のような改変は、’70年代頃から盛んに製作され始めたアラビア語版で長年行なわれてきたものであるが、2010年に始まったチュニジアの「ジャスミン革命」からアラブ世界に波及した「アラブの春」以降、新たな改変の動きも見える。宗教的自由、表現の自由が到来したイスラム世界では、数多くの新しいTVチャンネルが開設され、アニメに対してより厳格なローカリゼーションを施した「イスラミック・バージョン」が登場し始めた。たとえば、コーランの厳密な解釈では、音曲は「アラーへの信仰心を乱し、欲望への扉を開く」とされるため、テーマ曲から楽器演奏が消え、アカペラになっているものなども散見されるようになっている。 本研究は、今後イスラム社会におけるアニメの受容状況の調査結果も加えることによって、研究者にとどまらず、日本政府が「メディア芸術」と位置づけるアニメなどのサブカルチャーの輸出に携わる事業者にとっても有用な情報を提供するものとなる見込みである。 本発表は、アラビア語TV放送版の「日本製アニメーション」(以下世界的慣習に従ってアニメと呼ぶ)のローカリゼーションの実態とその背後にある諸要因を探ることを目的とした修士論文の途中経過報告である。 分析対象は主としてアラビア語の歴代アニメ人気ランキングサイトの上位TVアニメ番組(アラビア語吹き替え版)10本の第1クール(各13話)と、それらに対応するオリジナル日本語版である。本研究では両者を詳細に比較し、改変されている箇所を抽出してその改変理由を検討した。 その結果、改変は視覚要素・言語要素・聴覚要素・物語要素にわたり、改変理由としては、宗教的規範・文化的規範・道徳的規範・教育的目的・言語文化的障壁によるものが確認された。 まず、視覚要素においては、イスラムの宗教的規範による改変として、女性の肌の露出、飲酒、偶像(拝礼)、異教の儀式(葬式など)・シンボル(十字架など)、お辞儀(コーランでは神への尊崇を示す最上の行為)の場面などが削除されていた。短いスカートやタンクトップ、水着などの着用による女性の肌の露出は、日本においてはアニメの重要要素であるため、全てを削除することは難しく、したがって、色で塗りつぶすなどの処置がなされているケースが多く見られた(図1参照)。 文化的規範による改変例としては、年長者への無礼、女らしくない態度、ラブロマンスなどを描いたシーンの削除がある。その他、欧米版のローカライゼーションでも見られるエロチシズム、暴力、流血、喫煙シーンなどの削除も、文化的規範の改変例に含まれる。道徳的規範としては、行儀よくせよ、嘘をつくな、などの規範に反する行為が描かれたシーンは削除対象となっていた。 言語的要素においては、教育目的による改変として教育的な「お説教」の挿入、また、言語文化的障壁の回避を目的とした固有名詞、日本文化固有の事物などの置き換えが確認された。後者の例としては、「えり子」→「オリカ」、「ぎょうざ」→「カバーブ」、「七夕まつり」→「花火イベント」などが挙げられる。 音響的要素では、欧米語版へのローカリゼーションのように「日本的な間」を埋める音響要素の追加は見られなかったが、テーマ曲の差し替えは頻繁に行なわれていた。これは、日本語版ではタイアップにより、物語内容と関係の薄い曲調/歌詞の楽曲が用いられることが多いのに対し、アラビア語版では、より内容に則した雰囲気の曲調や歌詞が好まれるためである。また、特に小さな子ども向図1. 肌の露出の修正例(筆者によるサンプル)

元のページ  ../index.html#15

このブックを見る