GLOCAL Vol.5
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2014 Vol.52014 Vol.55であるにもかかわらず、過失であると判断するような、意図の誤った判断を引き起こす。従来の発達観によると、子どもの誤った判断は未熟さの現れであり、大人と同じ判断ができるようになることが重要であるとされてきた。したがって従来の発達観に依れば、肯定バイアスも未熟さの現れであり、是正されるべきものである。実際、肯定バイアスが大人になっても残ると、不適応になりかねない。たとえば、相手はわざとではないと判断することで、他者から騙されて不利益を被るような事態も生じるだろう。しかし幼児期においては、未熟さともいえる肯定バイアスこそが、他者との関係性を支えているのではないだろうか。 現在、この仮説を検証するために、同一の子どもの意図判断の発達を2年、3年と追跡するプロジェクトを進行中である。動作主の意図判断における肯定バイアスが強い子どもほど、他者との良好な関係性を構築したり維持したりできているのだろうか。また、2、3年後の他者との関係性にまで肯定バイアスは影響を及ぼしているのだろうか。このような検討を重ねることで、子どもの発達における、子どもが持つ「誤った」バイアスの意義をより明確にしていきたいと考えている。主要引用文献Crick, N. R. & Dodge, K. A. (1994). A review and reformulation of social information-processing mechanisms in children’s social adjustment. Psychological Bulletin, 115, 74-101.Lockhart, K. L., Chang, B., & Story, T. (2002). Young children’s beliefs about the stability of traits: Protective optimism? Child Development. 73, 1408-1430.Sato, T & Wakebe, T. (2014). How do young children judge intentions of an agent affecting a patient? Outcome-based judgment and positivity, Journal of Experimental Child Psychology, 118, 93-100.Schult, C. A. (2002). Children’s understanding of the distinction between intentions and desires. Child Development, 73, 1727-1747.作主の意図判断をする際に結果に注目しているとすると、相手はわざと壊したわけではないのに、わざとだと判断され、理不尽に非難してしまう可能性がある。したがって、子ども同士の関係性は、良好なものであるとは考えづらい。しかし、園での生活などを観察すればわかるとおり、子どもは子どもなりに仲良く生活している。とすると、子どもの相手の意図判断には、結果バイアスだけでなく、その結果バイアスを和らげる別のバイアスも働いていると考えられる。それが、「肯定バイアス」である。意図判断における結果バイアスを和らげる肯定バイアス 肯定バイアス (positivity bias) とは、自己や他者を過度に好意的に解釈する偏りのことをいい、9歳ころまで持ち続ける頑健な偏りであるといわれている (Lockhart et al., 2002)。肯定バイアスが子どもの動作主の意図判断にも影響を及ぼしていれば、次のような意図判断が予測される。肯定バイアスが働くと、相手は自分に意地悪をしようとしているわけではない、と偏って考える。したがって、積み木が壊れても壊れなくても、また強く押しても転んで手がぶつかっても、相手はわざとではないと判断する。つまり、子どもの相手の意図判断に肯定バイアスが影響を及ぼすことによって、結果バイアスによる敵意的な意図判断が低減されると予測されるのである。 そこで著者は幼稚園や保育園に通う子どもを対象として、面接実験を行った。実験の結果、子どもは「壊れたからわざとであり、壊れなかったからわざとではない」という推論をしていると考えられ、これは結果バイアスが子どもの相手の意図判断に影響を及ぼしていることを表していた。加えて、子どもは「壊れても壊れなくてもうっかりだった」という推論をしていることも示され、相手は自分を邪魔しようとしたわけではないと判断する肯定バイアスが影響を及ぼしていることが示された。 さらにこの肯定バイアスは、相手に邪魔されるといった状況だけでなく、相手が自分を助けてくれるといった状況においても見られ、頑健なバイアスであることも示された。さらに、大学生には肯定バイアスは見られないことから、肯定バイアスは子ども独自の判断バイアスであることも明らかになった (Sato & Wakebe, 2014)。意図判断における肯定バイアスの役割とは それでは子どもの意図判断において、肯定バイアスはどのような役割を担っているのだろうか。もし結果バイアスによる敵意的な意図判断をしてしまったとしても、他者との葛藤に陥ったときに対応できるスキル(社会的スキル)さえあれば、肯定バイアスは必要ない。たとえば、うっかりであるにもかかわらずわざとだと判断したとしても、なぜそういうことをするのかと冷静に相手に尋ねるスキルがあれば、結果バイアスがあったとしても他者との関係性はさほど悪化しないと考えられる。しかし、子どもは社会的スキルが未熟であるといわれている。実際、幼児は一度相手が自分を妨害したと判断すると、相手を許すといった対応をとることが困難であるという (早川・荻野, 2009)。つまり、社会的スキルの未熟な子どもにとって、他者との関係性の悪化を避けるためには、相手の意図を故意的と判断することを、事前に避けることが重要であると考えられる。肯定バイアスは、意図の判断自体を故意ではないと偏らせるバイアスである。つまり、相手の意図を故意的であると判断することを事前に回避させるバイアスであるといえる。このように、肯定バイアスは子どもの社会性の未熟さを補完する形で、他者との良好な関係性を構築・維持する役割を担っているといえるだろう。子どもの「誤った」判断は社会性 や意図判断の発達の触媒となる? 子どもの持つ肯定バイアスは、相手が故意

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