GLOCAL Vol.6
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11国際人間学研究科 心理学専攻教授願興寺礼子(GANKOJI Reiko)名古屋大学大学院教育学研究科修士課程修了。専門は臨床心理学。近著は「心理検査の実施の初歩」(共編著)(2011,ナカニシヤ出版)悩むことは幸せの第一歩―人を育てる学生相談―多くなってきているのも当然の成り行きである。それでは、このような思春期心性から抜け出せない学生を、一人前にして社会に送り出していくためには、どのような関わりが必要なのであろうか。筆者が学生相談で関わった事例を紹介しながら、考えてみたい。ある大学生の事例プライバシー保護の観点から、事例の本質に影響しない範囲で、内容を改変したことを最初にお断りしておく。「 」はクライエント、< >は治療者である筆者の発言である。クライエント:A子 大学3年生主訴:進路について家族:両親・姉・祖父母の6人家族初回面接では、大学での専門を活かした職業に就きたいとはっきり表明したが、「そのためにどうしたらいいかわからない。人付き合いが苦手」と言い、話し始めるとすぐ涙が止めどなく流れ落ちた。「父の勧めで公務員講座を受講しているが、公務員になりたいわけではない。周囲の人たちは皆、自分で決めてちゃんとやっているように見える」「勉強に集中できず、イライラする」と現状について語る間も、涙が止まらなかった。成績良好、一見明るく、これまでは両親や教員の指示に従ってまじめに頑張ってきたA子であったが、就職にあたって、本当にこれで良いのか、学生相談とは学生相談とは、大学のキャンパスの中にある学生相談室、保健管理センターの心理部門などで行われている大学生に対する心理的相談活動の総称である。以前は、心に問題のある一部の学生のために行われる特別な援助活動と受け取られてきたが、現在は全学生を対象とし、学生の人間的成長を支援する大学教育の一環として捉えられるようになってきている(文部科学省, 2000)。このような行政による後押しとともに、大学側も少子化の中、いかに学生定員を確保するかという経営的な視点から「面倒見のよい大学」を志向せざるを得なくなり、2000年以降、各大学で、学生相談、学生支援が急速に充実してきた(斎藤, 2010)。中部大学でも、2008年度から専任カウンセラー2名体制となり、非常勤カウンセラーも3名に増員され、計5名体制で相談活動に当たるようになった。カウンセラーの増員に伴い、利用率も上昇し、2012年度は延べ1907名の学生が来談した。相談内容は、適応心理の問題、卒業後の進路、対人関係、学業や学校生活上の問題など多岐にわたっている。大学は教育研究機関であるが、学生にとっては友人や教職員と出会う生活の場、将来の進路を決める場であり、様々な悩みや課題に直面することになる。そのため学生相談には、よろず相談的な学生生活全般についての広い一般性と、発達や心の健康についての深い専門性の両方が求められる(鶴田, 2001)。最近の大学生の事情ところで、大学生は、発達段階的には青年期後期、すなわち、子どもから大人になっていく最終段階に位置している。成人期への移行にあたって、青年期の発達課題であるアイデンティティを確立し、「自分はどう生きていくか」という問いにそれなりの答えを出すことが求められる。しかし、最近は、思春期以降、自分について深く考えたり、悩んだりする機会をもたず、とりあえず今を生きてきた若者が非常に多い。学生相談の関係者からは一様に「悩めない、悩む力のない」学生の増加が指摘されている(苫米地, 2006)。「明るく元気で悩まないことが好ましいこと」「悩んでいる人は暗くて弱い人」といった誤解が若者達の間で広がり、悩むことの積極的な意味や価値に気づけなくなっている。その結果、悩むことが当然である場面でしっかり立ち止まって悩んだり、自分自身の気持ちや感情と向き合うことができず、すぐに落ち込んだり、身体症状化、行動化に向かってしまうような思春期心性をもつ未熟な学生にキャンパス内で遭遇することも稀ではなくなってきている。最近の学生相談で、抗うつ剤を服用する重症例、リストカットなどの自傷行為があるケース、頭痛や胃痛、不眠を訴えるケースが

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