GLOCAL Vol.6
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2015 Vol.62015 Vol.62015 Vol.612「両親から完全に自立できたとは思わないが、関係はいい。今後はひとりでやっていけそう」ということで、面接は終了となった。 関わりの中で人を育てるA子の中心的なテーマは依存対象であった父親からの自立であった。何度も繰り返えされた「夜が怖い、泥棒に入られる不安」は、自立に向けて踏み出したいという気持ちが高まってきたものの、まだその自信がなく、父親に守ってほしい、依存していたいという気持ちが勝っていたために生じた不安であったと理解される。当初は、泣いて自分の課題と向き合うことを回避していたA子だったが、面接の中で、時間をかけてこれまでの自分のあり方を丁寧に見つめなおし、父親からの自立や就職に対する不安や迷いなど、種々の感情を言語化し、しっかり悩み考えることができた。それがアイデンティティの確立・自立に向けて歩を進めることにつながっていったと考えられる。杉山(2011)は、自己意識がきちんと芽生えるためには安定した他者との関わりが必要であり、決して自己は自分だけでは作れないことを強調している。学生の成長には、教職員との人間的な関わりが必要であり(桐山, 2008)、安定した二者関係に支えられてこそ、学生は安心して悩み、自分と向き合うことが可能になると考えられる。引用文献桐山雅子(2008) 学生相談からみた大学生の発達の特徴 平石賢二編著 思春期・青年期のこころ北樹出版 pp.140-152文部省高等教育局・大学における学生生活の充実に関する調査研究会(2000) 大学における学生生活の充実方策について-学生の立場に立った大学づくりを目指して-斎藤憲司(2010) 学生相談の理念と歴史 日本学生相談学会50周年記念誌編集委員会編 学生相談ハンドブック 学苑社 pp.10-29杉山登志郎(2011) 発達障害のいま 講談社現代新書苫米地憲昭(2006) 学生相談から見た最近の事情臨床心理学,32 金剛出版 168-172鶴田和美(2001) 学生のための心理相談 培風館周囲に比べてひどく劣っているように感じてしまい、そのことが不安になっての来談だった。「嫌なこと(就職のこと)を考えると、すぐに泣いてしまう」と言い、自分にとって困難なことに出会うと、泣くことで直面化を回避しているようであった。その後の面接では、「寝ている間に、何か起こるのではないかと不安になる。強盗に入られそうでとても怖い」と言って、夜、寝付けないという訴えが続いた。また、「今まで、困ったことがあっても誰にも相談したことがない」と、他者に依存することを良しとせず、周囲の期待にひとりで必死に応えようとしてきたこれまでのA子のあり方が浮き彫りになった。「公務員講座にはほとんど行っていない。罪悪感はあるが、公務員になっても、自分のやりたい仕事ができるかどうかわからない。私の就職のことを父はすごく心配しているが、講座に行っていないことは話していない。もともと自分はお父さん子で、父を心配させたくない」。この頃のA子は、父親の言う通りの道を進んで行くことへの疑問が日増しに大きくなっていくものの、一方で父親の期待を裏切りたくないという気持ちも依然として強く、身動きがとれない葛藤状況にあった。4回目の面接時、象徴的な夢の報告があった。「母が不在で、父と二人で家に居たら、泥棒が客を装って入ってこようとした。父がドアを開けて見に行ってくれるが、そのすきに中に入ってきて、首の後ろをナイフで刺されるが、全く痛くもなく、怪我もしなかった。特に怖い思いもしなかった。『こら!』と叫んで追い出したところで目が覚めた」<自分の力で追い出せてよかったね>と応じると、「とにかく夢中だった」と力をこめた。筆者は泥棒こそが父親の象徴であり、父親と対決して独り立ちしていくことが彼女のテーマであることを確信した。また、その解決に向けてA子の心の作業が順調に進んでいるという手ごたえも同時に感じていた。その後、父親に対する言及が増加し、「結婚するなら父のような決断力のある男性がいい。自分は優柔不断。今まで自分のことを自分で決めて選択するということをしてこなかった」「父に逆らったことは一度もない。父から公務員の話が出るのではないかと落ち着かない。最近の体調の悪さは公務員の勉強をイヤイヤやっているせいだと思う。就活と公務員、2本立てでいくのはきつい。でもまだ公務員のこと、自分の中でけじめがついていない」と、父親からの分離独立をめぐって揺れ動く心情を、筆者に向けてしっかり言葉にする回が続いた。そんな中で、就活がスタートした。「体調が悪い日も多いが、いくつかの企業にエントリーし、とりあえず就活を始めている。何とかなりそうな気はしている。父が勝手に取引先の会社と縁故採用の話を進めている。放っておいてほしいなと思うが、エントリーだけはしておいた。公務員のことはもう眼中にない」と言うA子に対して<一見、お父さんに従っているようだけど、自分の考えで動けているように思う>と伝えると「私、結構頑固だから」という返答。引き続き<そういう頑固な面を自分ではどう思っている?>と問うと、「自分がちゃんと出来つつあるのかもしれない」と語り、まんざらでもなさそうな表情を浮かべた。まだ夜が怖くて眠れない日もあり、「自分に対する点数が辛いので、これでいいとは思えない」と言うが、来談当初に比べると確実に自分に対して自信が持てるようになっているようだった。年度が変わり4年生になる。思うように内定が取れず、「2社落ちてさすがにへこんで体調が良くないが、恵那研修のリーダーをやって、気分転換ができた」と表情は明るかった。また、父親については「このところ話していない。こんなに話さないのは初めて。結局父のコネの会社には落ちて、気を遣ってくれたのか『悩みがあるなら話せ』と言ってくれたが、無視。もう父には就職のこと、口を出してほしくない」と語り、完全に父親からの自立を宣言するに至った。また時を同じくして、第1志望の会社の内定を獲得する。「自分が思っていた仕事に携われそうで嬉しい。両親もほっとしている」「まだ社会人になる不安もあるし、時々夜が怖くなることもあるが、楽にはなった」と、明るい笑顔を見せた。

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