GLOCAL Vol.6
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2015 Vol.62015 Vol.62015 Vol.614ブ動機を幾分か軽減することが可能であると期待したい。幕末万葉歌人の橘曙覧は、「たのしみは」ではじまり、「とき」で終わる和歌52首を、「独楽吟」の中におさめている(高木・久松, 1966)。表5にその一部を抜粋してみた。自然を愛で、家族や友人と睦み、飲食を味わい、仕事や趣味に勤しみ、清貧な暮らしの中に喜びを見いだしている様が描写されており、これらの和歌を眺めていると、幸せな気持ちに自ずと導かれ、自分の日常生活の中にある小さな幸せを意識させられ、元気がわいてくる。引用文献Doll, R., Peto, R., Boreham, J., & Sutherland, I. (2004) Mortality in relation to smoking:50 years’ observations on male British doctors. BMJ 328, 1519-1527. Eysenk, H. J. (1963) Personality and Cigarette smoking. Life Sciences 3, 777-792.厚生労働省(2002)新版 喫煙と健康.保健同人社.小川浩、富永祐民、青木国雄(1980)成人男子喫煙者の健康状態、飲食習慣、性格および社会的背景の特徴に関する統計解析.京都大学数理解析研究所講究録384、161-182.小川浩(1991)たばこ依存の疫学.臨床精神医学 20(6), 699-708.高木市之助、久松潜仙一(1966)近世和歌集 日本古典文学大系93、岩波書店.高橋三郎、大野裕、染矢俊幸(1995)DSM-IV 精神疾患の分類と診断の手引き.医学書院.向的な者は外部刺激を回避することによって、それぞれ適正水準を保とうとする方向に動機づけられやすいと考えたのである。先に指摘した感覚刺激追求的な飲食習慣もこの仮説によく合うし、喫煙者は多婚、離婚、転居、転職が多く、スポーツを好み、座業よりも立ち仕事につく傾向にあるとする文献報告もまた、この仮説に適合する。このように喫煙習慣の背景にある基本的動機は、たばこの煙に含まれるニコチンよる刺激覚醒作用にあるようだ。ニコチン依存障害と ニコチン離脱障害ニコチンはたばこ葉およびたばこ煙に含まれるアルカロイドで、中枢神経に対して少量で興奮作用をもたらすが、多量になると逆に抑制作用があらわれる。常習的喫煙者が、ぼんやりしているときにたばこをゆっくり吸うと頭がスッキリして目が覚め、イライラして緊張しているときにスパスパ吸うと気分が落ち着く。さらに、ニコチンが脳内から消失するとイライラ、不安、不快感が生じ、不眠、集中困難、落ち着かない状態に陥る。ニコチンは大脳辺縁系のドーパミン作動神経で構成される「脳内報酬系」に作用することによって、こうした現象が生じるのではないかと、最近の研究からは考えられている。ニコチンがアルコールや麻薬と同様の依存の形態と機序をもつこと、および喫煙が原因で肺がんや心臓病などのたばこ病に罹っているにもかかわらずたばこがやめられない人々が多くいることから、米国精神医学会は1980年の精神障害の分類の中に「たばこ依存」を初めて導入し、その後DSM-III-R(1987)およびDSM-IV(1994)では依存性物質を特定して「ニコチン依存」を物質使用障害の1つとしている。つまり、ニコチンはアルコール、大麻、コカイン、アヘンなどと同様に表3に示す「依存障害」、および表4に示す「離脱障害」という精神障害を引き起こす物質であると定められたわけである(高橋ら, 1995)。このような障害があると診断された喫煙者に対しては、ニコチンパッチやニコチンガムなどのニコチン補助剤の処方を中心とする禁煙治療が禁煙外来で行われている。わが国では禁煙治療は2006年から、公的医療保険の適用対象とされるようになった。しかしこれらの禁煙治療によって一時的に禁煙できても、その後の再発率はアルコールや麻薬の場合と同様に高く、さほど容易ではない。幸福感をたぐり寄せるには依存障害にはニコチン、アルコール、麻薬、覚醒剤などによる「物質依存」の他に、ギャンブル、ゲーム、ケータイ、インターネット、買い物、恋愛、仕事、非行、犯罪などの「行為依存」、さらには家族(夫、妻、子ども)、友人、恋人、同僚、上司への「対人依存」もあり、問題視されている。これらの依存障害の背景には、現代ストレス社会が生み出す寂寥感、不安感、不快感を処理したいといったネガティブ動機が関与しており、容易に解決できるものではない。しかし、日常生活の中にあるささやかな感動や楽しみ事を大切にしようする姿勢によって、こうしたネガティ表4 ニコチン離脱 障害 DSM-IV,1994 表5 橘曙覧「独楽吟」(全五十二首より抜粋)表3 ニコチン依存 障害 DSM-IV,1994

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