GLOCAL Vol.6
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2015 Vol.62015 Vol.62015 Vol.68モティーフ」は、その使用方法から、一見、安直にみえがちではあるが、複雑な内在要素を持っている。それは「ハリウッド式モティーフ」の使用によって、映画に、映画のドラマと音楽のドラマ、という二重の軸を存在させている点にある。その上で、当時の時代背景からこの問題をとらえなおすことが可能である。たとえば、映画の観客の観点から推論をたてることもできるだろう。映像と音声の同期という新しい技術が登場し、また、映画自体の上映時間が長くなり映画の物語が強調されはじめた時代では、映画の観客は映像やそこにあるドラマを説明するためのものとしての音楽を欲していたとも考えられる。しかし、30年代後半、ハリウッド映画が爛熟期をむかえると同時に、観客の映画に対するリテラシーも飛躍的に向上してきたことは想像にかたくない。そのような観客の変容にあわせて、スタイナーは映画音楽の再構築を行ったという可能性も見出せるのである。今日、「ハリウッド式モティーフ」はアニメーション作品やビデオゲームをはじめとする様々な映像メディアにおいて展開されている。スタイナーと彼の作品が果たしたものは、西洋芸術音楽の技術を大衆芸術にもちこみ、ハリウッドという商業主義システムの一部を構築したという点のみならず、映像というメディアにおける音楽のありようを規定し、また映画音楽における脱ヴァーグナー的観点をも明示したといえるだろう。主要参考文献Adorno, Theodor W.、 Eisler, Hanns Composing for the Films (Athlone Press, 1947/1994)Chion, Michel、Gorbman, Claudia Audio-Vision: Sound on Screen (Columbia Univ Press.,1994)Lissa, Zofia Asthetik der Filmmusik (Henschel-verlag 1965 )ミシェル・シオン『映画にとって音とはなにか』(川竹 英克,J.ピノン訳)勁草書房 1993北野圭介『映像論序説〈デジタル/アナログ〉を越えて』人文書院 2009長門洋平『映画音響論』みすず書房 2014三浦信一郎『西洋音楽思想の近代―西洋近代音楽思想の研究』三元社 2005ティーフ」は、ペンタトニック風の旋律となっており、いわゆる西洋外文化を音楽側から主張することが図られている。このように個々のモティーフを構成する音階や音色自体にも工夫がみられる。『キングコング』における「ライトモティーフ」の用法が最も明確に示されるのは、コングに捕らえられたアンの目前で、コングと恐竜とが決闘するシーンである。このシーンでは、コングとアンそれぞれが映像上でクローズアップになると同時に、各々の「ライトモティーフ」が交互に出現する。また、ラストシーンでは、可能な限り旋律の音楽的終止を引き伸ばしつつ、映像上のクローズアップにしたがって「キングコングのライトモティーフ」と「アンのライトモティーフ」が用いられている。そして、コングがエンパイアステートビルから落下し、映画の終幕が迎えられると同時に、金管楽器の強いアクセントをもって「キングコングのライトモティーフ」が終止形へと向かっていく。以上のように、スタイナーは「ライトモティーフ」を用いることで、ヴァーグナーのそれと同様のドラマと音楽の直接的な接続を目指している。『男の敵』にみる 「ハリウッド式モティーフ」『キングコング』の興行的成功から二年が経過し、スタイナーは『男の敵』(1935)において、『キングコング』で導入した「ライトモティーフ」の応用を試みる。それは、さまざまな苦悩を抱える主人公ジッポの心理状態を表現するために、単一のモティーフを映画の終始をとおして効果的に用いるといったものである。スタイナーは主にジッポがカメラのフレーム内に登場する場面で、かつ彼の心理の動きに合わせて「ジッポのライトモティーフ」を用いている。例えば、ドラマの冒頭でジッポが恋人であるケイティと出会うシーンや、ケイティに愛想をつかされたジッポが賞金欲しさに相棒フランキーを密告するに至るシーンが挙げられる。さらに、ジッポが自らの密告によって死に追いやってしまったフランキーの葬式に訪れるシーンや、相棒を死に追いやった自責心に悩みつつも手にした賞金で渡米を夢見るシーンでも「ジッポのライトモティーフ」は用いられている。とりわけ、ジッポが組織に捕獲されフランキーを密告したことを激しく尋問されるシーンでは、切迫感を持たせて低音を中心にアレンジにされたモティーフが繰り返し用いられており、精神的に追い詰められたジッポの心境が明確に示されている。スタイナーは、『キングコング』のそれのように「ジッポのライトモティーフ」をカメラワークに適応させつつ複雑に構築するのではなく、単一のライトモティーフを映画中でしばしば登場することによって、理解が容易で親しみやすい通奏低音としての統一感を映画全体にかもしだすことを試みたのである。まさにこれが「ハリウッド式モティーフ」の特色といえるだろう。「ハリウッド式モティーフ」の 確立スタイナーらは映画という商業主義の新しいメディアに、ライトモティーフという西洋芸術音楽の技法を持ち込み、それを常套化した。スタイナーの手によってライトモティーフは映画というメディアに適応化され、現代ハリウッド映画音楽の土台となったのである。ここが、映画音楽史における大きな転換点のひとつであり、スタイナーによる、映画音楽への主たる貢献と捉えることができる。加えて西洋音楽史上におけるドイツロマン主義音楽の系譜に映画音楽を連ねることもまた重要な視点といえる。しかしこのような映画音楽の構築は、アドルノらが度々批判するように、芸術の大衆迎合化としての「退化」であると捉えられてきた。『キングコング』の分析からも明らかなように、ライトモティーフは映画と組み合うことによって、映画の理解を容易とするための道具として用いられた。しかし「ハリウッド式

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