GLOCAL Vol.7
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8古代エジプトにおける音楽カイロノミー(指揮法)を中心におわりにネウマ譜とは、ネウマと呼ばれる記号を用いた記譜法のことである。西洋音楽史では、5線譜、近代記譜法の原点と言われる。私は、カイロノミストのしぐさと初期のネウマ譜は、確かに何らかの関連があると思われ、カイロノミーはネウマ譜の原点であり古代エジプトではじめて音楽は視覚的に表現され残存することになったと考えている。記譜法のほか、発掘された楽器の中にも現在の楽器の原型であると思われるものが多く存在する。しかし現在の西洋音楽史において、古代エジプト音楽はその歴史の長さにもかかわらず、ほとんど取り扱われることの存在であった。そこでカイロノミーの起源を解き明かすことで、西洋音楽における記譜法の起源に迫ることが可能であると私は考える。また、古代エジプトの墓や神殿に描かれた音楽の場面を集成した研究はなく、今後研究対象の時代を広げエジプト音楽と西洋音楽との関係についても言及していきたいと考えている。はじめに約4000年にわたる古代エジプトの歴史は、大きく3つの時代に分類される。農耕が始まり2つに分かれていた国土が統一され王朝がはじまるまでの先王朝時代、国土統一からアレクサンドロス大王がエジプトを支配するまでの王朝時代、そしてギリシャ系の王朝プトレマイオス朝の古代エジプト最後の女王クレオパトラがローマに敗れ属国となるまでのグレコ・ローマ時代である。王朝時代だけでも、3つの中間期をはさみ古王国時代(前2686-前2181年)・中王国時代(前2040-前1663年)・新王国時代(前1570-前1070年)がある。古王国時代は王がピラミッドを築き、中王国時代は多くの文学作品が生まれその後の中間期には異民族ヒクソスの侵入があった。新王国時代は神殿建造物が造られ、ツタンカーメン王やラムセス2世など後世に知られる王が登場しアマルナ革命の宗教革命がおこった。そしてその王朝時代には様々な音楽文化が花開いていた。私は修士論文において、外部からの影響を受けず、古代エジプト本来の音楽文化であると考えられた古王国時代の音楽文化がどのようなものであったかを音楽図像を収集、分析し研究を行ってきた。古王国時代の音楽古王国時代には、主に貴族の墓であるマスタバ(アラビア語でベンチの意味)内の壁画に音楽の演奏シーンが描かれた。そこには、大きな共鳴胴が特徴でその形状からシャベル型ハープと呼ばれるハープ、現在のアラビア音楽で使用される楽器ナーイと酷似しているフルート、二つの菅からなる双菅クラリネットが見られる。そして楽器奏者の前には、耳に手をあてた状態で描かれる歌手、そしてカイロノミストが描かれているのがこの時代の音楽図像の大きな特徴である。カイロノミーとはカイロノミー(cheironomy)とは、ギリシャ語「chier」=手に由来する言葉で、ハンドサインによる指示のことである。カイロノミストは演奏者に旋律曲線や装飾法を空中での手ぶりによって指示する人物のことを指し、今日のエジプトでもコプト教徒の合唱長はカイロノミーを使用している。その手の動きは古代エジプトの壁画に描かれたものと酷似しており、現在までカイロノミーは途絶えることなく、生き残っていると考えられる。古代エジプトのカイロノミーは、2つの手のサインとひじの傾き方、腕の高さで音もしくは音高、拍をあらわすと考えられ、壁画で音楽を表現する際に耳で聞くことのできない音を目に見える形で伝えようとする存在であると考えられるのである。また古代エジプトのカイロノミストは僅かな例外を除いて古王国時代の壁画にのみに描かれるのは大きな特徴である。国際人間学研究科 国際関係学専攻 D11988年生まれ。岐阜県岐阜市出身。岐阜北高等学校卒業。愛知県立芸術大学音楽学部作曲科専攻音楽学コース卒業、京都市立芸術大学音楽研究科音楽学専攻修了。3歳よりピアノを始め、日本ピアノ教育連盟主催ピアノオーディション最優秀賞受賞。古代エジプト研究会等で古代エジプト音楽について発表。レクチャーコンサート等でレクチャー及び曲目解説多数。現在、中部大学特別奨学生として博士後期課程に在学中。野中亜紀(NONAKA Aki)ネカウホルの墓のレリーフ 第5王朝(メトロポリタン博物館所蔵 08.201.2a-g)

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