GLOCAL Vol.7
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6「マクライシ」の機能とその変遷手した石の主な用途は、やはり「目印」であり、次いで「膳置き」や「石塔の土台」などの実用性が挙げられる。しかし、「マクライシ」という名称や、入手時の禁忌などから、それには宗教的要素が内在していることがわかる。これに関連して、マクライシには「動物除け」だとする地域が存在していることが注目される。(土葬)墓の上に石を置くことで、「山犬や狼に掘り起こされない」というものである。こうした事例から、マクライシには、遺体に危害を加える狼のような存在から、遺体を保護する機能があることが明らかとなる。ところで、こうした肉食動物には、(土葬)墓を掘り起こしてまで人肉を求める習性があるとは思えない。従って、元来は他の何者かであったのが、時代が下るに連れて山犬や狼などへと変化した結果であろう。では、こうした「遺体に危害を加える存在」の原型となるものは何か。それは、「火車」(カシャ)である可能性が高い。火車とは、地獄から去来し、遺体を奪うと考えられた妖怪である。近世以前には、こうした存在が伝承されていたが、近現代以降それは狼などの肉食動物へと転化したと思われる。以上のことから、マクライシの本来の機能は、火車による「遺体の奪取」からの「遺体保護」であった。しかし、火車の伝承の希薄化により、狼などの動物が「遺体を奪取する存在」の担い手となった。これに連動し、マクライシの機能も「火車除け」→「動物除け」→「目印」(など)へと変化したと考えられる。マクライシの概要―問題の所在―「マクライシ」(枕石)とは、遺体を埋葬した墓(土葬墓)の上に設置する自然石の俗称(民俗語彙)である。その名称は地域によって異なり、他にも「ホトケイシ」・「オガミイシ」・「アタマイシ」などの名称が用いられている。伝承者(地域住民)にこのマクライシの用途を尋ねると、ここが埋葬箇所であることを第三者に示す「目印」のために設置するのだと説明される。また、『日本民俗大辞典』にも、これと同様の記述がなされている(福田アジオほか(編)、吉川弘文館、2000年)。しかし、全国各地におけるマクライシの用途を収集すると、「目印」以外の目的でそれを設置している地域が散見される。そのため、次のようなことが考えられる。現代におけるマクライシの用途は「目印」であるが、過去には別の機能が期待されていたのではなかろうか。すなわち、時代や社会の変化に連れて、元来の機能が忘却された。そして、新たに付加された機能が、「目印」なのではなかろうか。こうした観点から、マクライシの機能における歴史的変遷過程を「実験」によって明らかにすることが、本研究の課題である。研究方法―「実験の史学」としての試み―「実験」とは、日本民俗学の創始者である柳田国男が1935年に提唱した、歴史学の新たな手法である。柳田は「実験の史学」にて、これを次のように説明している。①民俗(文化)は常に変化する。②しかし、全国各地の民俗が一斉に変化するわけではない。③また、変遷の過程には遅速がある(都市は速く、農村・離島は遅い)。④そのため、全国各地の事例を収集・比較することにより、変遷過程を明らかにすることが出来る(『柳田国男全集』27巻、筑摩書房、1990年)。この手法を本研究で使用するためには、当然ながら、全国各地のマクライシの事例が必要不可欠となる。しかし、現代日本では99.9%の自治体が火葬を採用している。また、それに伴い土葬墓が減少し、現存しているものはあまりにも少ない。そのため本研究では、文献資料による事例収集を行った。ここでいう「文献資料」とは、全国各地の民俗調査報告書や民俗誌、自治体史などを指す。また、愛知県尾張東部や、三重県・香川県の離島など、限られた範囲ではあるが、筆者自身による現地調査も行った。そうして収集した資料、全209事例(マクライシの事例のみ)を比較・考察したところ、以下のような結論が得られた。マクライシの機能とその変遷-目印から火車除けへ-マクライシは、喪主や穴掘り役の人が、海や川などで入手する。その際、「一度触れたら他の石に代えてはならない」などの禁忌(タブー)があることが注目される。そうして入国際人間学研究科 言語文化専攻 博士前期課程1989年愛知県生まれ。中部大学大学院国際人間学研究科(言語文化専攻)博士前期課程在学中。専門は日本民俗学。主な研究領域は、葬送儀礼(葬式)・墓(土葬墓・両墓制)などにおける遺体の扱い、祖先祭祀(盆行事)による生者と死者の関係性について。「死」の儀礼や行事を通じて、日本では「死」がどのように受容されてきたか。また、日本人は死者に対してどのような観念を抱いてきたかを検討する。橋本英征(HASHIMOTO Hideyuki)

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