GLOCAL Vol.8
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2016 Vol.82016 Vol.82016 Vol.83進歩により商業開発が現実味を帯びてきたことから、環境NGO等が中心となり、生物多様性の保全の必要性が主張されるようになった。すなわち「国家管轄権外の生物多様性(Biodiversity Beyond National Jurisdic-tion. 以下、BBNJ)」の保全である。 現状、公海では幾らかの海域で地域的漁業機関が設立され資源管理を行っているが、生物多様性の保全は多くの場合、考慮外である。深海底でも、ISAの権限は鉱物資源のみに及び、生物資源や生物多様性の保全は権限外との主張もある。 そこで、BBNJ保全推進派は、保全手段としてMPAの設定を強く主張する。いわば、公海や深海底に新たな境界を追加する案である。これには、国家管轄権外の区域で誰がどのようにMPAを設定、管理するのか、アクセスや開発を規制する場合に公海自由原則やCHM原則といった既存の制度とどのように整合させうるのかなど、複雑な問題が生ずる。 2015年6月、長い準備討議の末、国連は、BBNJに関する新協定を策定する方針を打ち出した(私は、現在この問題に関する大がかりな研究プロジェクトに携わっている)。このように、困難を分割したはずの海の境界は、皮肉にも新たな困難を数多く生み出している。From reader to author 本稿の執筆依頼を受けた際、「研究内容の紹介」と「学部生が大学院に進学して研究を深める意義」に触れよとの指示を頂いた。前者は済ませたが、後者は難題である。私自身、意義を見出せているのか心許ない。そこで、意義を述べるのに代えて、自分の研究を振り返って、雑駁ながら感想を述べてみたい。 学部生の頃の勉強とは、「読むこと」であった。偉大な先人の文を読み、理解することが勉強であった。しかし大学院に入り、読むこと以上に「書くこと」に比重が移った。学問の受け手から、作り手に移ったと言っても良い。大学院は「受け手」と「作り手」の境界なのだろう。周到に準備した論文は、社会さえ動かせる。これが、研究の醍醐味と感ずる。Marine Protected Area 1992年に採択された生物多様性条約(以下、CBD)は、世界の環境保護の意識を大きく変えた。すなわち、海洋法条約は船舶による汚染(油濁等)の汚染防止を主目的とするのに対し、CBDは汚染とは無関係に、ありのままの自然(生態系、生物多様性)の保全を目的とするからである。今や190カ国以上が加盟するCBDは、その第8条で、保護区の設定による保全を求めている。 これを受けて、世界では海に保護区を設ける実行が活発化する。すなわち、海洋保護区(Marine Protected Area. 以下MPA)である。MPAは昔から各国で禁漁区などの形で存在していたが、CBD以降のMPAには海洋生態系の保全目的が与えられ、面積は巨大化し、規制も厳格となる傾向が見られる。 ここで問題が生ずる。海洋法条約は、船舶の自由通航を至上の利益と位置づけており、既に見たEEZなどの海域区分以外に、海を再区分することを嫌う。ある区域でAの規制、別の区域では相反するBの規制が及ぶとなれば、自由通航はおぼつかなくなるからである。 こうした中で、米国が興味深い実行を見せている。2006年、ブッシュ大統領は、北西ハワイ諸島(ハワイ主要8島の西に広がる10の無人島)の各島中心から直径50海里に及ぶ巨大なMPAを設定した。パパハナウモクアケア海洋国立記念碑といい、豊かな固有種を支える生態系、生物多様性の保全を目的とする。 このMPAでは、設定から5年以内に全面禁漁となり、鉱物資源の開発も禁止される。また、この海域を通航する船舶は、遅くとも72時間前までに通告する義務を負う。ある環境NGOの代表は、このMPA設定は「ブッシュ大統領在任中の唯一の善行」だと賞賛した。 ただし、これらの保全措置は、米国の市民及び船舶にのみ適用があり、外国船には適用されない。海洋法条約がそうしたアクセス規制を好まないことへの配慮と考えられる。もっとも、外国船舶に適用がなければ効果が半減する。そこで、米国は外国船舶に影響を及ぼすため、国際海事機関(IMO)に働きかけ、「特別敏感海域(以下、PSSA)」との認定を取り付け、海図上にその旨を記載することで、全世界に周知した。 米国はさらに、このMPAを世界遺産に登録する。しかも、複合遺産としてである。有史以来の無人島であるにも拘わらず文化遺産の要素を持つ理由とは、同地がハワイ先住民の宇宙観(cosmology)の拠り所であり、先史時代の遺跡が多数点在することなどであった。 こうして北西ハワイ諸島周辺海域には、条約に基づく既存のEEZの境界の他、海洋国立記念碑、さらにはPSSAの境界と世界遺産の境界が加えられたのである。 米国の先例は他国に急速に波及しているが、これは既存の政治的境界が生物多様性の保全には限界があり、通航利益よりも生態系の保全が優越するとの意識の芽生えを示す。但し、巨大MPAは、管理の実効性に問題を抱える。 以上が、私が過去10年に手がけた主な研究内容である。その成果の一部は、本邦初の海洋保全生態学のテキストで整理した(加々美ほか編『海洋保全生態学』(講談社、2012年)。また、2011年には、日本で生物多様性保全目的のMPAを発展させるための国家戦略(環境省「海洋生物多様性保全戦略」)が採択されたが、私はその検討委員として審議する機会に恵まれた。Biodiversity Beyond National Jurisdiction 条約がEEZを導入したことで、地球の海洋の約半分は、いずれかの沿岸国のEEZとなった。残り半分は公海であり、その海底は深海底である。公海も深海底も、国家の管轄権が及ばない海域である。先述のように、公海では自由原則に基づき、いずれの国も主権を主張できず、他国船舶に規制を及ぼしえない。深海底も同様で、海底と鉱物資源は「人類の共同の財産(以下、CHM)」と位置づけられ、探査・開発は、ジャマイカに本部を置く国際海底機構(以下、ISA)が管理を担い、各国の一方的な探査・開発は許されない。 2000年代に入り、国家管轄権外の区域の生態系に関する科学的知見の蓄積や、技術の

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