GLOCAL vol.14
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2019 Vol.142019 Vol.142019 Vol.142019 Vol.143語彙の借用と意味変化 他言語からの借用は、英語の本来語に意味変化をもたらすことがある。「動物」を意味する語は本来 deer であったが、フランス語から beast が借用されると、deer は特定の動物である「鹿」を意味する語へと変化した。この意味変化は、さらなる意味変化を引き起こした。それまで「鹿」を意味していた hart は、意味を特殊化させ「雄鹿」を意味するようになる。さらに、ラテン語から animal が借用されると、beast は「動物」から「獣」を意味する語へと変化した。このように一般的な意味から特定的な意味への変化を「意味の特殊化」と呼ぶ。 これに対して、一般的な意味を表すようになる意味変化を「意味の一般化」と呼ぶ。代表的な例は bird であり、元々の意味は「ひな鳥」であったが、今では「鳥」を意味する一般的な語である。それまで「鳥」を意味していた fowl は、アヒルやニワトリなどの「家禽」を意味するようになる。おわりに このように英語の語彙はさまざまな言語との接触を通して拡大していった。英語がアメリカ大陸に渡ってからも、spook(オランダ語)、noodle(ドイツ語)、okra(西アフリカ)などの借用語がある。新しい語に出会った際、その歴史や他言語との接触について考えてみるのも興味深いのではないだろうか。 引用文献中島文雄 (1979)『英語発達史[改訂版]』岩波書店.Culley, W.T. & F.J. Furnivall. (eds.). 1890. Caxton’s Eneydos 1490: Englished from the French Liure des Eneydes, 1483. EETS es 57. OUP. [reprinted in 1962]* Profile左の画像は大英図書館のサイトで公開されている『リンディスファーン福音書』の1葉の一部である。この福音書は8世紀、イングランド北東部に位置するリンディファーン島のリンディスファーン修道院で制作されたものである。島嶼ハーフ・アンシャル体という書体で書かれている部分はラテン語であるが、その行間には注解が当時の英語で書かれている。https://www.bl.uk/collection-items/lindisfarne-gospelsる scrub「雑草」、ditch「水路」に対する dike「堤防」のように語源が同じ組み合わせの語がある。このような語の組み合わせは「二重語」(doublet) と呼ばれる。 デーン人による侵略をまぬがれたイングランドだが、1066年にはノルマン人によってイングランドが征服される。この出来事により、イングランドは「英語」の国から「フランス語」の国に(一時的にだが)移行した。その結果、英語には約10,000語のフランス語が入ってきたといわれている。政治や法律の語彙が多く、emperor, sovereign, jury, plaintiff, defendant, attorney, parliament, miracle, enemy, preacher などが借用された。 ノルマン人が話していたフランス語はノルマン・フランス語と呼ばれ、パリを中心に話されていた中央フランス語とは異なる方言であった。イングランドでは当初、ノルマン・フランス語が使われていたが、後に中央フランス語が使われるようになったため、英語の中にフランス語起源の二重語として残ったものがある。そのような二重語には、warden「管理人」と guardian「守護者」、warranty「保証」とguarantee「保証書」、cattle「畜牛」とchattel「動産」などがある。印刷術の発達と英語の語彙 1476年、ウィリアム・キャクストンがロンドンのウェストミンスターに印刷所を開設する。印刷術の導入により、それまでの写本とは異なり、大量に同じものを製作することが可能になった。しかし、職業としての印刷所を考えた場合、印刷した本は売れなくてはならない。そのためには、多くの人が読める綴字でなければならなかった。当時の英語には、同じ語に、さまざまな綴字が存在していたが、印刷本を出版するにあたり、いずれかに統一する必要に迫られた。そこで、キャクストンが選択したのはロンドン方言である。 当時のロンドンは、ケンブリッジとオックスフォードを合わせた三角地帯の一角で、農作物の生産が豊かで、羊毛市場があり、経済活動が活発に行われていた地域であった。また、ロンドンには公的機関が設立されており、政治の中心地でもあったので、キャクストンの選択は間違いではなかっただろう。 しかし、実際にはそれほど単純ではなく、彼が翻訳・出版した『エネイドス』の序文で、「卵」の呼称をめぐる逸話が紹介されている。 And one of theym named sheffelde, a mercer, cam in-to an hows and axed for mete; and specyally he axyed after eggys; And the goode wyf answerde, that she coude speke no frenshe. And the marchaunt was angry, for he also coude speke no frenshe, but wolde haue hadde egges / and she vnderstode hym not / And thenne at laste a nother sayd that he wolde haue eyren / then the good wyf sayd that she vnderstod hym wel / [p. 2, l. 29 - p. 3, l. 1] シェフィールドという名の商人が、食べ物を求めてやってくる。特に「卵」(eggys) が欲しいと尋ねるのだが、どういうわけか、女主人には通じない。女主人はフランス語が話せない、という。これに対して、(なんとも気の短いことだが)男は激怒する。なぜなら、自分もフランス語を話せないからだ。それから、ついに、別の男がやってきて、女主人に、「卵」(eyren) が欲しというと、女主人に理解してもらえた。という話である。 本文にでてくる eggys/egges はイングランド北部で用いられていた語で、古ノルド語起源である。一方、女主人に理解してもらえた eyren はイングランド南部の言葉で、英語の本来語である。この2つの語のうち、キャクストンが選んだ語は一目瞭然で、借用語の eggys/egges であった。活版印刷機キャクストンが使用したものと類似の印刷機を復元したもの。大英図書館の地下にひっそりと展示されていた。(筆者撮影)

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