GLOCAL vol.15
13/20

2019 Vol.152019 Vol.1511西アジアの文化遺産の重要性近年のレバノンおよびイラク・クルディスタンでの活動からシリアは内戦状態にあり、イランとアメリカの対立、サウジアラビアとイランの対立、パレスチナ・イスラエル問題など国際政治をゆるがす課題が目白押しである。しかし、これも歴史的な長期スパンでみると西アジアには、世界の注目をあつめる要因があり、そのため世界を巻き込んだ争いが展開されているということがわかるだろう。 私たちは情報過多の時代に生きているといわれて久しい。メディアリテラシーという言葉もあるように、情報に踊らされることなく自分自身で見聞きし、解釈をすることが重要である。西アジアで実際に何がおきているのか、それを正しく判断することは現代社会を生き抜くスキルにもつながると思う。 人間は過去を知ることで現在を理解し、未来を予測することができるとはよくいわれる。世界的ベストセラー、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(日本語版は柴田裕之訳 河出書房新社 2016年)は、私たち人類の来た道を新たな視点から解釈して多くの読者を獲得した。これは現代社会がどのようにして形成され、そして今後どうなっていくのか、現代社会をとりまくさまざまな要素、例えば戦争、テロ、貧困、犯罪、異常気象、自然災害、疫病、そして近年盛んに議論されるポピュリズム、などが人類の未来に漠然とした不安をもたらしている。この不安が、人間はどのような歴史を歩んできたのか、また未来にむけてどのような選択、決断をすべきなのかを私たちにといかけている。上述の書籍に代表される「歴史物」が売れている一つの要因は、この不安なのかもしはじめに 日本の国際貢献はつとに知られているが、文化面での国際貢献はそれほど世間に知られているとはいいがたい。しかし、実際には多くの日本調査団が、海外の世界遺産を含む文化遺産を保護するために日夜さまざまな努力を行っているのである。ここでは、西アジアにおける文化遺産の重要性について述べるとともに、昨年度本学で開催された「西アジア考古学・文化遺産セミナー」について紹介したい。さらに、現在私が中心となっているレバノン共和国とイラク共和国クルディスタン自治区の考古学調査についても言及する。西アジアの文化遺産の重要性 まず、西アジアという地域について言及しておきたい。西アジア、あるいは「中東」(元来はイギリス・フランスから見て中程度の距離にある東方地域のこと)と呼称される地域(一般に東はアフガニスタンから西はトルコまで)は、日本人にはおそらくもっともなじみの薄いアジアではないだろうか。日本で流れる多くのニュースが中東を「危険」「テロ」「戦争」などのイメージで覆いつくしている。「イスラーム」という日本人にはなじみの薄い宗教も西アジアを「異国の地」として位置付けるのに十分な役割を果たしている。 しかし、実際の西アジアは、私たちの生活に多大な貢献をしてきた地域なのである。人間が初めて農耕(土地を耕し作物を作ること)や牧畜(家畜を飼い、ミルク、肉、皮などを利用する)を行ったのが西アジアであり、この「新石器革命(食料生産革命)」を経て、現代の文明社会が作られているのである。いまや当たり前になっている国家やそれに付随する軍隊、官僚組織、また商人集団などもこの地で最初に誕生した。もっと身近なところで例を挙げるとパン、チーズ、ヨーグルト、ワイン、ビールなどもすべて西アジアで最初に生み出されている。つまり古代西アジアの人々がいなければ私たちの暮らしはまったく別物になっていたかもしれないのである。 古代ギリシア語で「メソポタミア」と呼ばれる現在のイラクを中心とする地域は、文明社会が世界で最初に発生した場所である。やがて近隣のエジプトや中国、南アジア(インダス河流域)などでも文明社会が成立していった。現在の考古学的知見では、日本で知られている「四大文明」よりもずっと多くの文明社会が世界各地で成立したことが知られている。しかし、今ところ最古の文明社会は、前4千年紀後半に西アジアで誕生したと考えられている。西アジアは、それ以降、人間社会の最先端を走ってきたのである。西アジアというと戦争・紛争、テロのイメージを持つ人は多いが、近現代史を振り返れば、それはここ100年ほどの出来事で、欧米諸国の介入がその大きな要因であることが理解できるだろう。つまり、西アジアに残されている文化遺産は、私たち人間の歩みを教えてくれるものなのである。ここに西アジアの文化遺産の重要性がある。 現代の西アジアは、報道でたびたび取り上げられるように、動乱の歴史を歩んでいる。国際人間学研究科 歴史学・地理学専攻 准教授西山伸一(NISHIYAMA Shin’ichi)早稲田大学大学院文学研究科(博士後期課程)中退。ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン考古学研究所留学。修士(考古学)。専門分野は、西アジア文明史、考古学、文化遺産学。主に西アジア、中央アジアの遺跡調査、文化遺産保護事業などに参画してきた。現在はレバノンとイラク・クルディスタンで考古学プロジェクトを展開。F abroadrom

元のページ  ../index.html#13

このブックを見る