GLOCAL vol.15
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4「外国人」から考える15世紀のロンドン概要が示され、その後ボルトンにより「外国人」に課された特別税の税額査定リスト(1483~1484年)が刊行された。スラップの後の研究では、王権や市当局の態度の分析から「外国人」とロンドンの関係が友好的なものだったのか、敵対するものだったのかという点が論じられてきた。近年では、「外国人」のコミュニティの存在や「外国人」のアイデンティティも関心を集めている。さらに、2012年~2015年に行われた「外国人」データベース作成プロジェクトにより完成したデータベースEngland’s Immigrants 1330-1550の公開により、イングランドの「外国人」研究は進展しつつある。 一方で、概要についてはより高い精度で明らかにされつつあるものの、市当局、各種団体、個人などの「外国人」への対応については研究の余地がある。この点がさらに明らかにされ、論じられることにより、「外国人」が少なからず存在した中世ロンドンの新たな都市社会像の提示が可能になるのではないか。金細工師ギルドと「外国人」 本稿では、ロンドンの金細工師ギルドを取り上げ、金細工師ギルドと「外国人」の関係を考えたい。金細工師は、金銀を用いて食器類や装飾品を製作する人びとである。比較的裕福な人びとが多く、15世紀ではロンドン市長や市参事会員の経験者もいる。本稿で注目したいのは、「外国人」金細工師が多数いイギリスと「外国人」 現代のヨーロッパは、移民の受け入れや定着をめぐる課題に直面している。イギリスも例外ではなく、EUからの離脱を求める声の背景に移民問題があったことは記憶に新しい。しかし、海外からの移住者は、近現代になって初めてイギリスに登場したのでは決してない。前近代にも、島国イギリスに多くの「外国人」が渡り、中には定住する人びともいた。 これまでの研究では、そのような「外国人」については、16世紀以降にヨーロッパ大陸からイギリスに亡命したプロテスタント難民が注目されてきた。彼らが持ち込んだ新技術と、それによるイギリスの社会・経済の変化が論じられてきたのである。大きな影響をもたらした彼らプロテスタント難民が、イギリスへの初期の移民と位置づけられることが多いように思われる。 しかしながら、15世紀以前のイギリス(イングランド)にも「外国人」は流入しており、一時的に滞在する商人だけでなく、現代の移民のようにイングランドの地に定着した人びとがいたことも確かである。彼らは当時のイングランド社会とどのような関係を結んでいたのだろうか。受け入れ側であるイングランドの人びとは、彼らをどのように捉え、彼らとどのように付き合っていたのだろうか。現代と同じく大都市であり、多くの人が行き交っていた15世紀のロンドンについて見ていきたい。15世紀ロンドンと「外国人」 では、15世紀のロンドンではどのような「外国人」が見られたのだろうか。当時のロンドンでは、人口50,000人のうち約6%が「外国人」だったとされている。出身地は、ドイツ・フランドル地方、イタリア諸都市、スコットランド、アイルランド、フランスなど多様である。居住する「外国人」の中心は、家族単位で生産活動を行う手工業者とされる。 ここで、「外国人」ということばについて説明しておきたい。史料上では、英語の場合foreigns (foreigners)、strangers、aliensと記されたり、出身地別にFrench、Venetianなどと記されたりする人びとがいるが、誰が「外国人」とされるかは状況によって異なる。たとえば、「外国人」に対する課税では、ある年の課税では課税の対象とされたハンザ商人が、別の年の課税では対象外となる例がある。また、foreignsやstrangersということばは、「外国人」だけでなく、イングランド内の当該都市以外の地域から来た人びとも指す場合がある。したがって、史料ごとにどのような人びとが「外国人」とされていたのかを検討していく必要がある。本稿では、イングランドの領域外から来た人びとについて述べられていると判断しうる史料を用いて、彼らを「外国人」と呼ぶこととする。 14・15世紀のロンドン史研究では、これまでも「外国人」が注目されてきた。スラップの研究により人数・出身地・居住地などの国際人間学研究科 歴史学・地理学専攻 准教授佐々井真知(SASAI Machi)お茶の水女子大学大学院人間文化研究科比較社会文化学専攻博士後期課程修了。博士(人文科学)。専門分野は中世イングランドの都市社会史。14・15世紀のロンドンに関心があり、とくに商工業者の生活について、同職ギルドの役割や人と人とのつながりに注目して論じてきた。現在は「外国人」というテーマからロンドンを考えることを試みている。

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