GLOCAL_Vol16
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2国際人間学研究科 心理学専攻 講師川上文人(KAWAKAMI Fumito)東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了。博士(学術)。専門は発達心理学、比較認知発達科学。ヒト、チンパンジー、ニホンザルを対象に、主に笑顔の進化と発達について研究をおこなっている。近著に『対人関係の発達心理学 子どもたちの世界に近づく、とらえる』(2019年、新曜社、共著)がある。人間とチンパンジーの笑顔は何がちがう?上がる(図2参照)。この現象は「自発的微笑」と呼ばれている。 視聴触覚的刺激によらず生じるため、「自発的」とされる。同じものが「新生児微笑」とも呼ばれているが、正確な表現とはいえない。新生児期とは生後1か月までのことを指すが、この笑顔は、生後3か月を過ぎても、半年を過ぎても、さらに1歳を過ぎてもみられる。「1歳児が新生児微笑をみせる」という表現には矛盾がある。人間の笑顔は2歳ごろから多様に 人間が覚醒中に笑顔をみせるのはいつなのだろうか。生後1か月以内にも、笑顔がみられる場合があるが、笑顔が頻繁にみられるようになるのは、生後2、3か月からといわれている。多くの場合、乳児が他者とみつめ合ったり、声をかけられたり、触れられるといった対他者関係においてに生じるため、「社会的微笑」と呼ばれている。 乳児期はよろこんでいるであろう場面でのみ笑顔がみられるが、冒頭に述べたように、私たちはさまざまな場面で笑顔をみせる。そのように笑顔が多様な場面でみられるようになるのはいつごろなのだろうか。保育園の自由時間を観察してみると、何かを失敗した状況や、怒られた状況といった、客観的にみてポジティブとはいえない状況における笑顔が、2歳で増加してくることがわかった。同じように、周囲の他者とタイミングを前後して笑う、笑顔の共有も増えてくる。2歳ごろは言語を獲得し、他者とかかわることが多くそもそも笑顔とは何か 苦笑い、ごまかし笑い、嘲笑など、日本語には笑顔についてさまざまな表現がある。笑顔というと多くの場合、よろこびを代表とするポジティブな感情を思い浮かべるが、上記の表現はどちらかといえば、ネガティブな感情が生じうる場面と結びつくものといえるだろう。そのため笑顔とは何かを考える場合、「○○のような場面でみられる表情」というように場面や状況から定義しようとすると、あまりにも広く不明瞭なものとなってしまう。対策は単純である。笑顔を「唇の端が上がること」と、形状から定義してしまうことである。なお、本稿では笑顔、微笑、ほほ笑み、笑いといったことばを区別なくもちいることとする。 人間はどのようなときに笑顔をみせるのだろうか。そこには他の動物との違いがあるのだろうか。笑顔から人間の対他者関係における知性を探るため、保育園や動物園で観察をおこなっている。まずは人間の笑顔が成長にともない、どのように変化するのかみていこう。人間の胎児は笑う 人間が最初に笑うのはいつなのだろうか。生まれた直後、または生後1か月してからだろうか。実は生まれる前から胎内で笑っている(図1参照)。産科における4次元超音波診断装置をもちいた観察で、人間は胎児期から笑顔をみせることが明らかとなった。胎児はなぜ笑うのか。どのような感情状態なのか。現状ではどちらの問いにも答えることはできない。人間の乳児は寝ながら笑う では人間が生まれてから、最初に笑うのはいつ、どのような場面なのだろうか。「母親とみつめ合っているとき」ではない。生まれてから最初に笑顔が多くみられるのは、睡眠中である。寝ているときに、とくに何も刺激が与えられていない状態で、不意に唇の端が図1. 在胎162日目の胎児の笑顔   (Kawakami & Yanaihara, 2012)図2. 新生児の自発的微笑(川上, 2019)

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