GLOCAL_Vol16
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2020 Vol.162020 Vol.162020 Vol.162020 Vol.163る。人間でも同じ場面を観察したが、その場合、高い高いをする母親やおとなの方がむしろ多く笑顔をみせた。これらのことに代表されるようにチンパンジーの場合、笑顔がみられる場面は限られており、おそらく自分が楽しいと感じているときにしか笑わないようである。人間ほど笑う動物はいない 人間はお腹の中から笑いはじめ、睡眠中の自発的微笑、覚醒中の社会的微笑から、多様な場面での笑顔へと発達させていく。チンパンジーにも自発的微笑がみられ、2か月前後で社会的微笑が増加してくるという初期発達は類似している。人間の笑顔に特徴がみられ出すのはその後である。人間は何か失敗をしても、他者に怒られても、場合によっては悲しいときにも笑顔をみせる。その理由はさまざまで、個人的な場合もあれば、他者との関係における場合もあるだろう。どちらにしても、人間ほどさまざまな場面で笑顔をみせる動物はいないようだ。 笑顔は他者との関係を平穏に保つ手段としてお手軽である。チンパンジーなど人間以外の霊長類の場合、それをグルーミングによっておこなっている。しかし、グルーミングは1個体が同時に2個体以上にすることができない。それに対して笑顔は少し唇の端を上げるだけで、笑い声を発するだけで、周囲にポジティブな感情(ではない場合もあるが)を拡げることができる。笑顔は有効な感情の飛び道具といえよう。参考文献Kawakami, F., Kawakami, K., Tomonaga, M., & Takai-Kawakami, K. (2009). Can we observe spontaneous smiles in 1-year-olds? Infant Behavior & Development, 32, 416-421. Kawakami, F., & Tokosumi, A. (2011). Life in affective reality: Identification and classification of smiling in early childhood. Proceedings of the 14th International Conference on Human-Computer Interaction, USA, Lecture Notes in Computer Science Volume 6766, 460-469. Kawakami, F., Tomonaga, M., & Suzuki, J. (2017). The first smile: spontaneous smiles in newborn Japanese macaques (Macaca fuscata). Primates, 58, 93-101.Kawakami, F., & Yanaihara, T. (2012). Smiles in the fetal period. Infant Behavior & Development, 35, 466-471.なる時期である。その時期に、ポジティブな感情の表れとしてもちいられることの多い笑顔という表情を、さまざまな場面で「使う」ようになる。笑顔で本来の感情を隠し、状況を平穏に保とう、ポジティブな方向に変化させようとするのが、この時期からはじまるのかもしれない。日本人の子どもは成功でも失敗でも同じように笑う 日本人がネガティブと思える状況で笑顔をみせることが,欧米人を困惑させることがあるという。さまざまな場面で笑顔をみせるのは日本人だけなのだろうか。4,5歳の日本人とアメリカ人の幼児を対象に実験場面で観察をおこなった。彼らには実験者の前で簡単な課題に取り組んでもらった。申し訳ないのだがその課題はあらかじめ成功したり失敗したりするように仕組まれており,そのときの反応をみるというものであった。その結果,アメリカ人は失敗状況よりも成功状況でより多く,長く笑顔をみせたのに対し,日本人は状況間で笑顔に差がみられなかった。日本人の子どもは成功しても失敗しても,同じように笑顔をみせたということになる。アメリカ人の子どもは自分の感情を素直に笑顔で示したのに対し,日本人の子どもは実験者との関係を平穏に保つために笑顔を使い,状況によって感情を出しすぎないようにしたと考えることができる。人間のことをより深く知るためにチンパンジーに学ぶ このように笑顔をみるだけでも感情表出にかんする日本人の特徴がわかる。日本人の笑顔の特徴を知るためには、日本人の笑顔だけをみていてもわからず、他の文化と比較する必要がある。同じように人間の笑顔の特徴を知るためには、他の動物と比較する必要がある。それには人間に一番近い動物である、チンパンジーと比較するのが、最も人間の特徴を浮き彫りにしやすい。チンパンジーの笑顔を観察してみよう。チンパンジーの乳児も寝ながら笑う そもそもチンパンジーは笑うのだろうか。チンパンジーの笑顔については、進化論のチャールズ・ダーウィンが記述している。彼らもよく笑うのだが形は人間と少し違い、口角を上げるというよりも、口を丸く開けて笑う(図3参照)。 チンパンジーの胎児の表情研究は残念ながら存在しない。生後、人間の最初の笑顔は睡眠中の自発的微笑であった。この自発的微笑は、チンパンジーにもみられる。Mizuno, Takeshita, & Matsuzawa (2006)は3個体のチンパンジーの新生児を観察し、生後2か月まで自発的微笑がみられることを示した。彼らは社会的微笑についても報告しており、生後1か月半以降に増加してくるという。チンパンジーは笑う場面が限られている チンパンジーも自発的微笑をみせ、社会的微笑が生後2か月前後からみられるという流れは人間と同じようだ。では、その後の笑顔はどうなのだろうか。チンパンジーもさまざまな場面で笑顔をみせるのだろうか。高知県立のいち動物公園、日本モンキーセンター、名古屋市東山動植物園で観察をおこなっている。本稿では途中経過を報告したい。 合計400時間以上、ビデオ撮影をおこなっているが、今のところチンパンジーが笑顔をみせる場面は遊び場面に限られている。そのなかには母親が子どもを「高い高い」した場面が含まれている。興味深いのは、その際に笑顔をみせたのは子どもだけだったことであ図3. ギニアの野生チンパンジーの笑顔   (ファンワ6歳)

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