GLOCAL_Vol16
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2020 Vol.162020 Vol.162020 Vol.162020 Vol.165いる。その意味で、国民国家が絶対などではなく、民族の生きづらさから国家は相対化されなくてはならない。また同時に、集中的な権力装置・王権が絶対的でないように、民族もまた、絶対的でありえない。民衆が生きている現実から見れば、民族もまた生活によって相対化されなくてはならない。人びとは、生きていくためなら、いくらでも民族を乗り越える。いくらでも固有自己民族の枠を超えて他者民族と結び合う。自他は他自となり混ざり合う。民族もまた、軽々と生成を繰り返すのである。 民族が生き続けられるためには、非民族、他民族、異民族、超民族、民族周辺、両義民族、多民族、媒介民族、民族複合、民族融合、民族内外、民族交流、民族不純化、民族開放、などの変成・混成が必要だということである。民族の枠を超える不純化が起こらないと、民族の純化・発展・発揚は継続しない。資源をもたない地方民族は、国家に頭を下げろと言われて下げるのではなく、尊厳は保ち自文化を敬しつつ、裏では自らを削って必死に現代政治と現代経済を呼吸し咀嚼し、今を行き抜こうとしているのである。 振りかえれば、私たちも、いかに自分が他者・異質・新来・周辺・地方・遠方・底辺・異起源・異民族に支えられているかを、窮する時はなおさら、思い知り深く再確認するのである。52人の新ンジ顕彰の理由に、イスラーム以外の事項ばかりが登場したのである。民族性の高揚・バムン性の発揚―エスニシティ称賛 バムン民族の王権中枢に人びとを位置づける、この王子格を生み出す儀礼では、バムン性や民族性が鼓舞され発揚される。民族や王権の発展に貢献した者を、ンジに称える。かつて首長領間で戦争があった時代には、戦いに勲功あった者が、ンジに任命された。今回の新ンジには、バムン伝統舞踊集団の長がいる。バムン伝統王宮建築の専門家がいる。バムン民族伝統医もいる。南部の首都ヤウンデ、最大都市ドアラでのバムン民族工芸の普及に貢献した者も、ンジに任じられた。民族性、伝統性が強調される。女性の王妃のなかで「王子」となった2人の王妃新ンジは、ともにバムン伝統で元々ンジとなる双生児である。バムン社会では、双子で生まれた者は、神力の発現として称賛し王の子という栄誉を与える。民衆にバムン民族の伝統慣習の再確認を迫るのである。北部都市ンガウンデレのバムン民族結社の長も、遠隔地での民族文化の継承発展に尽くしたとしてンジになった。バムン、バムンと民族性が称揚される。王は、王権拡張時代の戦いの歌を「バムンは強い」と謳い、家臣たちが続いて民族称賛の大合唱が広場に響いた。ここで顕彰者には、ヤシの枝葉が褒章として与えられた。バムンの地の特産ヤシの森の地所を手にするのである。現代政治性と資本経済の取り込み―南部大都市との接続 だが、よく見ると、伝統民族性からはずれた現代性の達成者が顕彰されている。カメルーン国首都ヤウンデの省庁で働く局長と事務次官がいる。事務次官という国家の副大臣を「お前もよくやった、バムンの王子にしてやろう」と新ンジに任じた。3等級ンジへの任用者にもカメルーン国家の法務省局長がいる。国家のほうを地方民族が認めていく、という強い逆転の意志が読み取れる。中央行政だけでなく、県レベルの行政での活躍者もいる。バミレケ隣県と高校誘致の政治競争に打ち勝ったバムン県庁役人も、ンジになった。学的資本をバムンに導き入れた功績である。王都フンバン市の市役所結婚課長もンジに任じられた。イスラーム結婚は物入りである。資本がいる。近年、お金のない多くの若者が行政婚に駆け込む。イスラーム以外の結婚に王権は、目を光らせていなくてはならない。こうして市役所結婚係を「王の子」にしておく必要があった。ここに現代への対応がある。 政治、行政ばかりでなく、現代経済にもリンクが張られる。ヤシの農業経済は、自給的な経済では機能する。だが、大きなお金が巡るわけではない。カメルーンの輸出産物の一つにコーヒーがあるが、バムンとバミレケの地は、良質のカフェ・アラビカの産地で開拓が進んでいる。コーヒー農業経済にキャッチ・アップしなくてはならない。バムン県コーヒー公社社長がンジに任じられた。その運輸を司るカメルーン国運輸公社フンバン支部長と副支部長も、王子になった。経営者となって、バムンの地と首都とを繋ぐ「フンバン―ヤウンデ」バス交通網の整備者にも、ンジが与えられた。伝統民族領域は、必死に現代経済を取り込もうとしている。現代農業組織であるバムン農業協同組合の理事長も、ンジに任じられた。儀礼の表のメッセージは「よくやった、王子にしてやろう」。背後にある意図は、現代資本フェーズの取り込みである。4 国家の相対化、民族の相対化 ―他民族とともに 生活をいきる ンジ儀礼は、バムン民族性の優秀さを謳いあげる。だが、フランス人がバムン王子に任じられている。南部の最大都市ドアラで貿易を営み、バムン・コーヒーを買い付ける貿易商である。王権はこれを逃さない。一方、彼もンジであることが地方文脈で買い付けに有利に働くことを知っている。バムン王の牛を管理するボロロ民族もバムン民族の王子ンジになった。バムン工芸を扱うヤウンデのバミレケ民族の商人も、ンジになり、バムン民族の価値中枢に入りこんだ。多くの他民族がバムン民族の根幹部に入り込み、バムン民族性を支えている。 民族は、国民国家の中をなんとか生きていかなくてはならない。資源や経済チャンスが偏在した植民地化状況から独立したが、その植民拠点が首都となり南部優位の政治経済を支えている。この矛盾を今も抱えるカメルーン国民国家のなかで、資源乏しい地方王権民族のバムンは、必死に国家体制に繋ごうとする。それほどに、国家は民族に矛盾を強いて

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