GLOCAL Vol.18
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10貯蓄の過剰が購買力ないしは支出の減少を引き起こし、失業と倒産を深刻にしていると強調した。[付記]本稿は、拙著『ニューディール体制論―大恐慌下のアメリカ社会―』(学術出版社、2005年)の第8章の一部を修正したものである参考・引用文献*河内信幸「ニューディールの転換と1937年恐慌」アメリカ経済史学会編『アメリカ経済史研究』創刊号(2002年5月)*河内信幸『現代アメリカをみる眼―社会と人間のグローバル・スコープ―』(丸善プラネット、2012年)*河内信幸「大恐慌とニューディール―“バブル”崩壊から未曽有の社会的危機へ―」富田虎男他編『アメリカを知るための63章』第3版(明石書店、2018年)*林敏彦『大恐慌のアメリカ』(岩波書店、1988年) 初期ニューディールの政策段階では、まだ通貨拡大論者の影響が非常に大きく、政府内で赤字財政支出を求めるケインズ主義的な考え方は少数派であったが、ラッセル・セイジ財団のクレジット調査部出身のヘンダーソンのような財政支出を重視するエコノミストも存在した。ヘンダーソンは、産業復興局(National Recovery Administration:NRA)のヒュー・S・ジョンソン(Hugh S. Johnson)長官から要請されてNRAの調査計画部長となり、NRAの規約作成に消費者の立場から批判が強まっていることを受けて、価格固定に明確な反対規定をもり込み、規約コードが競争を抑圧するのではなく刺激するように改定する方針をとった。 ケインズ的な経済政策を構成するのは、①投資を機軸とする総需要重視、つまりは「購買力」の観点、②赤字支出も含める弾力的な国家財政の運営、③金本位制の廃止も含めた通貨管理の方向、などに集約できる。すでに1920年代のアメリカには、有名なイギリスの経済学者ジョン・A・ホブソン(John A. Hobson)の過少消費論がかなり入ってきており、ウイリアム・T・フォスター(William T. Foster)やウェーディル・キャッチングス(Waddill Catchings)などが、資本主義経済のシステムにはたえず消費者の購買力を過少にする傾向があるので、恒常的な公共財政の干渉が不可欠であると主張した。そのため彼らは、恐慌が起こると、国民が貯蓄をしすぎて消費が少ないことを問題にして、1920年代に実質賃金を上回って生産性が伸びたために過小消費と過剰投資が発生したと論じた。 しかし、ケインズ理論を待つまでもなく、すでにフーヴァー政権の時期から、新古典派や制度学派と呼ばれるアメリカ経済学のなかに、赤字財政支出や公共事業をめぐる議論が高揚していた。 ロバート・F・ワグナー(Robert F. Wagner)上院議員(ニューヨーク州)が、1930年に雇用拡大、失業救済、公共事業などを求める法案を提出すると、アメリカ経済学会の歴代会長と『アメリカン・エコノミック・レビュー』(American Economic Review)誌の編集者を含む86人のエコノミストは、翌年1月にこのワグナー法案を支持する請願を連邦議会に対して行った。また、1931年6月末から7月にかけて、シカゴ大学では、「世界的な問題としての失業」をテーマにハリス記念財団の円卓会議が開かれ、約70名の経済学者や労働団体の代表が参加した。この会議には、イギリスからケインズの参加も見られ、消費財の需要と労働者の購買力をめぐる議論が高まり、失業の解消と雇用の確保に賃金切り下げは有効でないと強調された。  そして1932年1月にも、シカゴ大学でハリス記念財団の円卓会議が再び開かれ、85名のエコノミストや実務家たちは、恐慌の深刻化に手を拱いているフーヴァー政権を強く批判した。その結果、6人のエコノミストで構成される委員会はデフレ対策の提言をまとめ、イェール大学のアーヴィング・フィッシャー(Irving Fisher)、シカゴ大学のヘンリー・シュルツ(Henry Schultz)、ブルッキングス研究所のハロルド・G・モールトン(Harold G. Moulton)、コロンビア大学のジェームズ・W・エンジェル(James W. Angell)などを含む24人の著名なエコノミストの賛同を得て、積極的な公共事業と財政政策をフーヴァー政権に要請した。  さらに1932年4月、ジェイコヴ・ヴァイナー(Jacob Viner)、ポール・H・ダグラス(Paul H. Douglas)、ヘンリー・シュルツ(Henry Shultz)らに代表される12名のシカゴ大学の経済学者は、下院議員のサムエル・B・ペッティンゲル(Samuel B. Pettengill)(インディアナ州)に、経済政策に関する重要な提言を行った。彼らは、赤字財政による政府支出は一時的な「呼び水」政策として実行するのではなく、景気回復が安定した軌道に乗るまで継続すべきであると強調した。しかも彼らは、このような「財政インフレーション」あるいは「リフレーション」を金政策に優先すべきものと捉え、そのためには金本位制の放棄もやむを得ないと主張した。そして、シカゴ大学のエコノミストや政治学者は、大統領選挙でローズヴェルトの当選が決まると、新政権の発足に期待して1933年1月にも同じような要請を行った。 ヴァイナーは、財政支出によって購買力を流通過程に投入することが貨幣所得の総量を増やし、それが物価を賃金よりも引き上げるため、ひいては生産力の増加と雇用の拡大を結果させるであろうと主張した。このような主張を強めたヴァイナーは、後にニューディール政策が推進されるなかで財務省の顧問となった。またダグラスは、投資を上回る

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