GLOCAL Vol.18
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4仮想的有能感 その後 ―移り行く若者の心性―国際人間学研究科 心理学専攻 特任教授速水 敏彦(HAYAMIZU Toshihiko)名古屋大学大学院教育学研究科博士課程修了。教育学博士。専門分野は教育心理学・青年心理学。主に中学生や高校生、大学生の情動の変化および学習の動機づけ理論について研究している。著書に『感情的動機づけ理論の展開―やる気の素顔―』(ナカニシヤ出版、2012年)、『内発的動機づけと自律的動機づけー教育心理学の神話を問い直す』(金子書房、2019年)など2010年以降の仮想的有能感研究 最近の研究も以前の研究と同様、仮想的有能感や仮想型の人の不適応な側面を検討するものが多かった。たとえば、仮想型は主観的幸福感が低く、絶望感が高いこと、また、仮想型はインターネット依存的関与や没入的関与が高いこと、さらに仮想型は不登校傾向が高いこと、援助要請スタイルとして他者への援助要請を回避する傾向にあることなどが明らかにされた。他に仮想的有能感が高いと共同作業を軽視し、個人的な行動をすることなども示された。 一方、仮想的有能感の適応的側面を指摘する研究もみられるようになった。これまでにも動機づけという側面では仮想型は委縮型(仮想的有能感低、自尊感情低)よりは一般に高いことが指摘されてきた。その流れの中で仮想的有能感の高い人は遂行接近目標(他の人より優れた結果をえたい)が高いという研究がある。また、大学の授業外での学問的交流に関する研究では仮想的有能感が高いほど他学部や他大学の学生との学問的交流の頻度が高いこと、知的好奇心に注目した他の研究では仮想型は委縮型よりも特殊的好奇心が高いことが明らかにされた。 仮想的有能感の測定という観点から注目されるのは小学生のそれを測定する試みがなされていることである(吉田・矢野、2014)。これまで仮想的有能感は中学生になってから現れると考えてきた。しかし、最近は青年期の開始時期が早まっているという指摘もある。いつ頃から仮想的有能感が形成されるの2010年頃までの歩み 「仮想的有能感」という造語を思いついたのは21世紀に入って間もない頃だったと記憶している。そして2002年には仮想的有能感を測定する尺度(ACS)の作成を始めた。その信頼性や妥当性を検討することで項目内容や評定段階の修正が必要と感じ、さらに翌年にはその改訂版ともいえる尺度(ACS-Ⅱ)を完成させた。 一方で、自分が勝手に作った概念に対して他の研究者たちはどのように感じるかが気になった。そこで2003年大阪で行われた日本教育心理学会総会で自主シンポジウムを開催することにした。シンポジウムへの参加者は比較的多かったが、必ずしも教育心理学者の多くがこの概念の提出に賛同の意を示してくれたわけではなかった。 その後、心理学の概念として承認を得るには同じ専門分野の人からだけというより、広く一般の人々に問いかけることが望ましいと考え始めた。そこで「仮想的有能感」について新書を出版すべく準備を始めた。そして、2006年2月 「他人を見下す若者たち」(講談社現代新書)を上梓した。その書が予想外の売れ行きとなり「仮想的有能感」という概念は心理学者だけでなく、一般の方にも少しは認知していただくことになった。さらに、その後、科研費等も得て、自分の研究室の院生も巻き込んで多面的な研究を展開させた。そして主に2010年頃までの研究成果をまとめ、2012年に「仮想的有能感の心理学」(北大路書房)として出版した。 ところで、仮想的有能感とは何の根拠もなく他者軽視をすることで高められる有能さの感覚で、測定上は他者軽視の高さを測って仮想的有能感の高さとしている。一方、本当の有能感に近いものとして「自尊感情」がある。そして、「仮想的有能感」と「自尊感情」という2つの概念の高・低群を組み合わせることで4つの有能感タイプを提案した。他者軽視には実は本当に有能であり自信がある場合のそれも含まれるが、この型分けにより、より純粋なかたちで経験に依拠しない仮想的な有能感を持つ人たち(仮想的有能感高、自尊感情低=仮想型)が抽出できることになった。そして、これまでに仮想的有能感の高い人や仮想型の人は多くの不適応行動があることが実証されてきた。たとえば仮想的有能感の高い人は怒りやすく攻撃性が高いこと、仮想型の人は否定的な世相イメージをもちやすいこと、さらに、いじめに関しても仮想型はいじめの加害経験のみならず、いじめの被害経験も他の型に比べて相対的に多いことなどが明らかにされた。 しかし、その後、自ら実証的データをとることなく10年ほどが経過している。そこでここでは、この10年ほどの間に他の研究者等によって発表された研究に注目し、仮想的有能感研究にどのような発展、あるいは変化があったのかを概観したい。さらにそれらの研究等を基にして、現代の若者(大学生)の心性は一昔前の若者とどう異なるのかを他の資料も参考にしながら考察したい。

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