GLOCAL_Vol19
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8国際人間学研究科 言語文化専攻 博士前期課程1年中川 奈穂(NAKAGAWA Naho)生まれも育ちも愛知県。2021年に中部大学人文学部・日本語日本文化学科を卒業後、そのまま進学。卒業論文に引き続き、精進料理を研究しているが、研究し始めてから大豆アレルギーを発症。しかし、「これはチャンス」と、あえてこの体質を武器に、いろいろ工夫しながらやっていこうと考えている、唯一無二のポジティブガール。れており、「麁菜」とは精進料理のことを指すと記されていた。現代の辞書である『精選版 日本国語大辞典』には、「真菜」とは「別名「真魚」。おかずとして食用にする魚のこと」とあり、「麁菜」は、「粗末なおかずを指す」と記されていた。さらに、『日本国語大辞典 新版』では、「麁菜」の「麁」は「粗」と同じ意味の語として扱われており、その「粗」について、『日本国語大辞典 旧版』には、「魚鳥獣などの肉を料理に使って、あとに残った肉のついている骨や臓物。粗骨」と、書かれている。このことを踏まえて見ると、次の随筆の記述は問題のものといえる。『花街漫録正誤』の、遅れてきた阿能に精進料理の膳を出すという場面に続く記述である。「平汁すべて其儘にて、只魚の切身を入ざる迄にて、精進には非ず。さて、焼物は、ほう〴〵かあま鯛かを、尾と頭小骨とをとりて、精進とて出したり」とあり、精進料理として魚の肉を除いた頭と尾と小骨を出していることがわかる。ここから、先に述べた『日本国語大辞典』の「麁」の意味から解釈されていると推測でき、現代の精進料理の定義から外れていることがよくわかる。以上が問題の記述についてである。 次に、精進料理を食べるタイミングの指定について書かれている記述を見ていく。『翁草 塵泥抜萃』「一向宗風俗の事」には、28日を精進日として定めており、その日以外は仏教の戒律を守ることが強要されていなかったという内容が記されている。さらに、『翁草 細川家士堀内伝右衛門覚書』には、武家の家では、精進日と定められた日に精進料理研究目的~精進料理の定義~ 今回、研究発表を行うにあたり、何故時代ごとの定義の変化に着目したかというと、精進料理について江戸時代の随筆を調べていくうちに、現代の辞書に記されている定義から外れる、例外的な記述が見つかったからである。 現代の辞書の定義は、『日本国語大辞典』では、「野菜、海藻、穀類だけを材料として魚介、肉類をいっさい用いない料理」とされ、さらに『広辞苑』では、「肉類を使わない料理。野菜の料理」とされていた。そこで、精進料理がいつ発生してどう変化したかを、主に江戸時代の随筆を例に挙げながら、各時代の文献の内容より考察していった。 上代以前から室町時代までの精進料理 精進料理の成立は鎌倉時代と考えられているが、それまでの日本の食文化にも精進料理と同じく肉食の禁止があった。それは民俗文化の中では、「ウチソト文化」と呼ばれるもので、家畜など「ミウチ」と考えられる動物は食べないという文化である。さらに、仏教が伝来すると、不殺生戒を含む五戒の他に、五葷と呼ばれる野菜を食べることが禁止されるようになった。この五葷とはニラやニンニクなど臭気の強い野菜5種類を指し、出家と在家では内容が異なる。この五葷の決まりこそ、現代の定義との矛盾点である。 鎌倉時代は、精進料理が成立した時代と考えられている。その理由として嘉禎3年、永平寺の開祖道元禅師の『典座教訓』の成立がある。典座と呼ばれる料理専門の役職が生まれたことや、ここに書かれた教えにより、精進料理が修行時の最低限の食事ではなく、修行の一つとして作られた料理として、粗食から手の込んだ食へと変化したと考える。 室町時代になると、仏教は庶民にまで普及されていったため、『典座教訓』の教えを受け継いだ特定の寺院でのみ作られていた精進料理が、修行中の食事法として全国の寺院から庶民に広がった。さらに、鎌倉末期に中国から帰還した禅宗の修行僧により油を使った調理の方法や、味噌など調味料の使用方法などが持ち込まれ、精進料理のレシピの幅が広がった時代と考えられる。随筆にみる江戸時代と明治時代の精進料理 不殺生戒など仏教のルールを基準に各宗派や寺院、家ごとに独自の解釈を加えた、別ルールが存在したと考えられる記述が見つかった。それは主に食品の制限や、精進日など食べるタイミングの指定について書かれていた。これには、仏教普及のために数々の宗派が戒律の解釈を緩和したものにしたことが影響しているのではないかと考える。 まず、食品の制限として、『醒睡笑』に、クラゲ(魚介)は精進料理らしい食材として挙げられている。これは魚介を食さないという現代の定義とは矛盾する。次に、『幽遠随筆』では、「真菜」と「麁菜」に関して説明がさ精進料理考~時代ごとの定義の変化~

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