GLOCAL_Vol20
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2022 Vol.202022 Vol.202022 Vol.203ここにもアメリカ人の「弛緩志向」が見てとれる。おわりに 新型コロナウィルスに翻弄され、制限の多い半年間のサバティカル生活であった。だが、その制限ゆえに二度とないユニークな経験と直接的な文化観察ができたと言うべきであろう。事実、アメリカ人やアメリカ社会に関しては、再発見する部分や再認識する文化的側面も多かった。これを実現させてくれた大学、同僚、職員の皆様に心より感謝したい。参考文献松本青也(2014)『新版 日米文化の特質̶価値観の変容をめぐって』大修館書店*詳細な報告は「新型コロナウィルス対応に見るアメリカ文化」『中部大学教育研究』21,97-105.をご覧いただきたい。(pharmacy)である。医者や看護師はいないが、研修を受けた薬剤師や医学系の学生が注射を打つ仕組みのようだ。私はスーパーの中にある薬局にネットで申し込んだが、こんなところで大丈夫かと内心は非常に不安であった。 当日、指定された時間に薬局の窓口に行き、レジの脇のパイプ椅子に座って順番を待った。すぐにそれらしき女性が現れて、笑顔で世間話をしていると、注射器を取り出した。あっというまに、パイプ椅子の上で予防接種が終わってしまった(図2参照)。腕の絆創膏はスーパーの宣伝の絵柄がプリントしてある。「記念写真は撮らないの?」と写真撮影まで促された。あまりのカジュアルさに唖然とした。 しかし、このアメリカ人の「弛緩志向」(カジュアル文化)が、予防接種の素早い実施を後押ししたのではないだろうか。「形式志向」や「緊張志向」の強い日本では、上記のような対応は絶対に許されない。アメリカ人の「適当さ」は、日本人には悩みの種であるが、よく言えば大らかさであり、「心の余裕」でもある。この「弛緩文化」が「医者や看護師でなければ注射は打てない」「それなりの施設でなければ実施できない」という固定概念を取り除き、ワクチン接種を素早く開始し、必要な人に届けることができた一因ではないだろうか。「自由志向」「主張志向」が阻む予防接種 ところが別のアメリカ的志向である「自由志向」や「主張志向」が、これをスローダウンさせることとなった。アメリカでは2021年7月頃に予防接種の接種率が50%を超えてから伸び悩んだ。ワクチン接種は自由意志であることは間違いないが、これを声高々に訴えるリーダーたちが出てきた。オハイオ州でもある州議会議員は、大学が学生にワクチン接種の有無を聞くことさえも国民の自由を束縛する差別や憲法違反にあたり、1件の事案につき5,000ドルの訴訟を起こすと大学を脅した。 「建国の精神」で「自由」を高々に謳っているアメリカでは、私たち日本人の想像も及ばないほど、個人の自由の束縛を嫌がる人たちがいる。しかも、「主張志向」の強いアメリカ人は、どう考えてもおかしいと思えるこのような発想でも、大声で主張する人が多い。トランプ前大統領がそのいい例である。教養のある人もない人も、居酒屋やSNSやデモや裁判で自分の主張を繰り広げる。ワクチン接種は「政府の陰謀」であり、マイクロチップが埋め込まれるとか、「磁石人間」になるというデマが流れ、それをまともに信じ込む人たちまでいた。 アメリカ全体では7月を過ぎても、予防接種率がなかなか上がらず、オハイオ州知事は新規ワクチン接種者の中から5名に約1億円、あるいは大学卒業までの授業料を免除するという懸賞までかけて、ワクチン接種を促した。人の命が関わっているにも関わらず、ワクチンを接種しない自由やマスクをしない自由を主張するアメリカ人がこれほど多いとは。アメリカと日本では自由や権利に関する価値観が大きく異なることを再認識しなければならない。オハイオ大学での影響と対応 新型コロナウィルスの影響で2021年5月の年度末に一時解雇されたオハイオ大学教職員は140名に上った。先生を慕う学生らは署名を募りその不正を訴え、小さなアセンズの町でもデモがあった。コロナ対策に名を借りた財政的失敗隠しだという訴えも目にした。ここにも「主張志向」や「契約文化」が見え隠れする。ただ、図3のように、この解雇撤回を求めるプラカードもどれもユーモアがあり、アメリカの「弛緩志向」がはっきり表れていた。 2021年秋学期から全面的に学生がキャンパスに戻り寮は学生で溢れるはずだが、陽性患者は出るものとして、対応しているようだ。もう大騒ぎはしないと決めているようだ。図2 スーパー内で予防接種を受ける筆者図3 教員解雇について新入生にユーモアで訴える大学マスコット

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