GLOCAL_Vol20
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4考古学におけるデジタル地理空間情報の普及と展望国際人間学研究科 歴史学・地理学専攻 准教授渡部 展也(WATANABE Nobuya)慶應義塾大学政策・メディア研究科博士課程単位取得退学。博士(政策・メディア)。専門は地理情報科学。特に地理情報技術の考古学・文化財分野への応用をテーマとして研究を行っている。フィールドは中国と中東、主に新石器時代から初期王朝期を対象として多くの調査研究に参加している。チャル・ミュージアムはさらに注目を集めている。 手書きの図面よりも情報量が多く、かつ後から図面化も可能な3Dモデルは、土器や遺構、あるいは遺跡や周辺景観の記録(西山、常木ほか,2017)にも活用されるなど、急速に普及している。もっとも、「地図」と「空中写真」のように、必ずしもリアルで客観的であればそれで良いということではなく、捨象され記号化されることで可読性が上がる面もあり、単純に手書きの図面よりも3Dモデルにアドバンテージがあるとも言い切れない(渡部,2019)。とは言え、現行の「図面」は紙に変わる媒体が長らく登場しなかったために、平面という制限のなかで、図面や記録が工夫され慣習化したものだと考えることもできる。実際、デジタル化による表現・伝達上の自由度は、基本的に紙よりも優れる点が多い。新しいメディアに合わせた記録方法の模索は必然なのかもしれない。 R.BraidwoodによるJarmo遺跡発掘調査以来、考古学研究は他分野と連携し学際的発掘調査を進めてきた。筆者が参加している「中国文明起源解明の新考古学イニシアチヴ」(科学研究費補助金研究 学術変革領域研究(A))でも、考古学以外にも同位体科学やゲノム科学、言語学者など、多方面の専門家が参加している。 ひとつの遺物や遺跡に関わる情報は多様化しており、さらには精緻化・大量化している。例えば、土器ひとつからどれだけの情報を読み取れるかに挑む「土器を掘る」(科学研究費補助金研究 学術変革領域研究(A))とい現実と仮想 これまで、仮想世界はスイッチを入れた画面の向こう側、ボタンやチャンネルでアクセスする隔絶された世界であった。少なくともこれまでは、感覚的には仮想と現実との間には明確な境界があったように思う。仮想世界(や情報)へのアクセスのしやすさは、インターフェースの性能や仕様によるところが大きい。例えば、スマートフォンの登場は、日常的な情報活用の敷居を一気に下げ、個人デバイスの爆発的な普及を促した。 使用者が常に携行し、膨大な情報のやり取りを担うスマホは、仮想世界の側ではその持ち主の代理人のような存在であるとも言える。スマホが、使用者が触れる日常や環境についての情報をネットに向けて送信するセンサー的な側面を持つように、ネットにつながる多くの機器は、この瞬間も現実の裏に貼り付くように情報を収集し発信し続けている。現実世界は、こうした膨大なデータによって仮想世界に投影されており、最近ではデジタルツインなどの言葉も注目を集めるようになった。さらには、VR、AR等の技術によって、さらに違和感のない体験的な仮想世界へのアクセスも実現されつつある。 PCの普及を1970年代とやや早めにとっても、現在までわずか50年で、情報環境は、インプット(ビッグデータ収集)、分析(AI等)、通信(インターネット)、アウトプット(インターフェース)の連携がここまで高度化・複雑化し、さらに加速し続けている。 この傾向が100年も続けば、仮想と現実の境界がさらに曖昧となる時代が到来するかもしれない。いずれにしても、今後人間が受け取る情報や体験においてデジタルの占める割合が増え続けることは間違いないだろう。 考古学と地理情報科学の融合を研究する際、中心となるのはもちろん現在のデジタル化のもっと短期的な効果であるが、文化財・文化資源という長期的な継承を考えるうえでは、こうしたデジタル社会の行く末も視野に収めることが重要であるように思われる。考古学における状況 考古学は「モノ」すなわち現実に非常にこだわりの強い学問であるし、そうであるべきだと思う。しかし近年、この分野においてもデジタル化が進み始めている。 この変化は、特に記録から始まったように私には見受けられる。これまでも考古学において、GISやデータベース等を応用する形でデジタル技術の活用がされてきたが、そこまで一般的でもなければ、2010年に入ってもあまり普及する様子もなかった。報告書のデジタル化の議論等を除き、「あったら便利」という程度で、考古学におけるデジタルはそこまで必然性のあるものとしては認識されていなかったように思う。 しかし、2015年前後から登場した、画像から3Dモデルを生成するSfM(Structure from Motion)は、「モノの記録」という非常に重要な部分で変化を起こしている。実際、多くの博物館が3DモデルをWebに公開しており、COVID-19の影響もあって、バー

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