GLOCAL Vol.21
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2022 Vol.213高めるよう中央・地方の政府や企業に対策を求めている。技術職の魅力を高めて人生設計の選択肢にすることは、過当競争の負のスパイラルを和らげることにもなる。政策転換後、学校教育体系において、職業学校の拡充が期待される。今後の課題 「一人っ子政策」は中国社会を理解するための重要なキーワードである。それが転換期を迎えた今、そしてこれから、中国社会をどのようなキーワードで概念化できるのだろうか。 政策転換は、他の社会制度や民衆の暮らしにどのような影響を及ぼすのか。政策によって変革された事柄は、個人レベルの苦悩・ジレンマを解消していくのか。これまでの政策が作り出した人々の価値観は変わるのか、変わらないのか。「伝統」に基づく従来の教育意識はどのように変遷していくのか。これらの問題は今後の研究課題である。参考文献中国国家統計局編『中国統計摘要』1980-2020『関於進一歩軽減義務教育階段学生作業負担和校外培訓負担的意見』http://www.moe.gov.cn/jyb_xxgk/moe_1777/moe.1778/202107/t20210724_546576.html(2022年8月9日確認)『中華人民共和国職業教育法』http://www.moe.gov.cn/jyb_xwfb/s5147/202204/t20220421_620058.html(2022年8月14日確認)行った保護者80人への聞き取り調査によれば、ほぼ全員が家で子どもの学校の勉強の補習をさせ、各種の「補習班(日本の塾)」に通わせていた。その一例として、小6一年間の塾費用は、英数国3教科で10万元が費やされた。 一人っ子家庭では、保護者は子どもに名声や出世を望んでいるため、子ども自身が将来の進路を選択する余地が与えられず、親に敷かれたレールに乗らざるを得ない。また、子どもが所期の目的から逸脱すれば、自分の教育が失敗したと思われ、現実を受け入れることができない親が多くみられる。 このように、一人っ子政策による家庭教育の主要な問題は子育て目標の偏向や家庭教育が学校教育化されている点であると言える。 一方、中国では、「高考(日本の大学入学共通テスト)」の過酷さは「一人っ子政策」の撤廃後でも依然として「千軍万馬過独木橋(千万の軍勢が一本の丸木橋を渡る)」とも言われる。受験戦争が親や子の負担になりすぎているとして、2021年7月、中国共産党・政府は「関於進一歩軽減義務教育階段学生作業負担和校外培訓負担的意見(義務教育の生徒・児童の宿題の負担と校外教育の負担を一層軽減させることに関する意見―筆者訳)」を発表し、宿題と塾通いの二つを減らすことを目標とした。この二つは中国国内で「双減」と呼ばれ、中国版「ゆとり教育」のような政策である。具体的には、小中学生対象の塾の新規開設を認めない、既存の学習塾は非営利組織とする、株式市場で調達した資金を学習塾事業に投資することを禁じる、週末や祝日、夏・冬休みに塾で教えてはいけない、といった内容である。 ここで政府が示したのは、塾に通えるお金持ちの子にしか有名大学を目指す環境が与えられないような状況を改め、所得格差による社会の階層が固定化するのを防ぐという目的であろう。政府が「双減」政策を導入した理由の一つは、教育をめぐる問題が国家の未来を左右する少子高齢化の行方に直結することだと考えられる。国家統計局の統計によれば、「一人っ子政策」撤廃後も新生児は減少傾向が続く。若い世代が子を持つことをためらう大きな理由の一つとされるのが、教育コストの高さであるに違いない。政策転換と学校教育 前述の聞き取り調査では、一人っ子政策撤廃後、受験戦争が和らぐと信じる親は少ない。その背景には、進学への不安がある。 現在、都市部における学校教育は、地質学の「造山運動」にたとえられる。かいつまんで言えば、文化大革命後に重点小学校、重点中学校が鄧小平の「先富論(豊かになれる人は先に豊かになれ)」と同類の思想で作られた。いったんできてしまうと自律的にそこに資金や優秀な教員が集まり、それ以外の学校との格差は依然として続いた。つまり、これが義務教育領域での「山」であり「高峰」ということである。都市部の学校教育はその「高峰」を目指して終始進学率を指標に、受験成績のみ重視する傾向がある。全国各地の教育行政部門が受験成績・進学率を学校評価の唯一の基準としている。 学校の現状を見れば、中学校と高校の学校教育体系は進学準備のみを重要視しているが、生徒に対して必要とされる就職準備教育を行うことが欠けている。もし、大学へ進学できないならば、生徒の多くは学習意欲と生きがいを失い、就職の面でも大きな困難にぶつかる。 ただ、最近は大卒の就職難が目立ち始め、受験戦争を勝ち抜いても都会でマイホームを買えるだけの働き口を得るのは難しい。そこで人々は学歴より学校歴を追求するようになり、結局、有名大学を出て高収入の就職先を確保することが現実味を帯びてきているため、人々の思い込みによってわずかな勝ち組と多くの負け組が生み出されてしまう。一人っ子政策が撤廃されても、大学入試のあり方や学歴偏重の就職事情などが変わらない限り、受験をめぐる構図は変わらないと考えられる。なぜなら、中国では技能職の待遇への不安があるからである。 求職大手サイト「智聯招聘」の調査では、2020年大卒初任給は有名大学卒の人がダントツで高く、専門職を育てる職業学校卒の初任給の数倍になるケースも珍しくない。深刻な少子化で、製造業を支えてきた若い働き手が減り始める中で、今後の社会の安定をいかに維持するかが焦眉の急であり、政府は独自の教育改革を始めている。 2022年5月1日、新版『中華人民共和国職業教育法』が可決され、技術人材の地位を

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