GLOCAL Vol22
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4文系の逆襲創造的リベラルアーツセンター 特任教授石井 洋二郎(ISHII Yojiro)東京大学法学部卒、同大学院人文科学研究科修士課程修了、博士(学術)。東京大学教養学部長、同理事・副学長を経て、2019年4月より中部大学教授、2021年4月より同創造的リベラルアーツセンター長、2022年4月より特任教授。専門はフランス文学・フランス思想。著書に『ロートレアモン 越境と創造』(芸術選奨文部科学大臣賞)、『時代を「写した」男ナダール』、共著に『大人になるためのリベラルアーツ』、編著に『リベラルアーツと外国語』、翻訳にブルデュー『ディスタンクシオン』など。れてきた経済学は明確に「科学知」のカテゴリーに位置づけられるし、心理学も「人間科学」の一分野として、やはり「科学知」に属することになる。また、これまで「理系」であるがゆえに「自然科学」に分類されてきた医学やスポーツ健康科学なども、むしろ「人間科学」の範疇に属するものとして整理できる。短期的有用性と長期的有用性 「文系」の学問には、常に「何の役に立つのか」という問いが突き付けられるが、これに対しては「すぐ役に立つことはすぐ役に立たなくなる」という反論がなされることが多い。短期的有用性と長期的有用性は異なるという立場である。 確かに文系・理系を問わず、短期的・即時的に「役に立たない」学問であっても長期的な射程で見れば「役に立つ」分野はいくらでも存在する。これに関して、社会学者の吉見俊哉はマックス・ウェーバーの「目的合理性」と「価値合理性」という概念を参照しつつ、「目的遂行型」の短期的有用性と「価値創造型」の長期的有用性を区別し、前者はおもに理系、後者はおもに文系の知に対応していると論じている。この二分法に則れば、「文系だって役に立つ、ただ役に立ち方が理系とは違うだけである」という議論が可能になるだろう。 しかし「文系だって役に立つ」という言いはじめに 最近は気候変動や原子力発電の問題、さらにはAIの急速な進歩などをきっかけに、いわゆる「理系」の学者の口から「科学技術の暴走をコントロールするためには哲学や倫理学など、文系の学問も重要である」という言葉がしばしば出てくる。しかしこれはあくまでも社会を駆動しているのは理系の学問であり、文系の学問はそれを抑制したり補正したりするための補助的な役割を果たすものにすぎないという「無意識の理系中心主義」に基づいた言説にほかならない。本稿はこうした言説に対抗して、文系研究者の立場からささやかな「逆襲」を試みるものである。学問分類の再構築 従来の学問分野は「人文・社会・自然」という3種類に分類され、人文科学と社会科学はひとまとめにして「文系」、自然科学は「理系」と呼ばれてきた。しかし英語で「人文科学」はhumanities、「社会科学」はsocial science、「自然科学」はnatural scienceであり、人文科学にはscienceという言葉は含まれていない。一方、心理学や認知行動学など、人間そのものを科学的に研究する学問を指す言葉としてはhuman science(人間科学)という用語がある。 となると、人間が作ったわけではないnatureを対象としたscienceがnatural science、人間が作ったsocietyを対象としたscienceがsocial science、そして人間そのものであるhuman beingを対象としたscienceがhuman scienceと、scienceを3種類に分けて「科学知」と呼び、これを「人文知」と対比させて整理したほうがわかりやすいのではないか。 この図に従えば、従来漠然と「文系」とさhumanitiessocial sciencenatural sciencehumanitieshuman sciencesocial sciencenatural science

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