GLOCAL_Vol.23
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2023 Vol.232023 Vol.232023 Vol.235発達障害傾向のある学生への臨床心理学的支援国際人間学研究科 心理学専攻 准教授山内 星子(YAMAUCHI Hoshiko)名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士後期課程修了、博士(心理学)。臨床心理士、公認心理師。大学院を修了後、大学の学生相談室カウンセラーとして勤務。その他、精神科病院、精神科クリニック、大学病院の神経内科等での臨床経験がある。主な研究テーマは、青年期の人々の精神的健康を促進する要因は何か、ということである。また、臨床的支援の経験から、発達障害傾向のある学生の能力発揮促進的支援にも関心を持っている。うことをすんなり理解しているんですか?」と言い、これまで対人関係面でも常に、“自分だけがルールを理解していない感じ”を抱いてきたことを語った。この世界をロールプレイングゲームにたとえ、周囲の人々は皆、説明書を持っているのに、自分だけが持っていないようだ、と言う。その状態のまま、これまで生きてきたAさんの孤独や不安感が、じんわりと伝わってきた。Aさんの生きづらさの背景にあるもの Aさんの研究の都合などもあり、不定期ではあったがカウンセリングによる支援は続いた。その経過の中で、Aさんは自閉スペクトラム症の診断を受けた。自閉スペクトラム症は発達障害の1つで、2つの特徴がある。1つ目は、コミュニケーションの障害である。相手の考えや感情を読み取ることが苦手で、ときに場にそぐわない発言や行動をしてしまうことがある。2つ目は、こだわりや反復行動である。変化を嫌い、習慣やパターンにこだわる、特定のものに対する強い執着や興味を持つなどの形であらわれる。これらは、生まれつきの脳の働き方の違いによって生じるもので、育て方や環境によって生じるわけではない。もちろん、本人のがんばりが足りないわけでもない。 Aさんが、“何文字までであればOK”などの明確な基準のない引用のルールをうまく理解できなかったのは、自閉スペクトラム症の特徴のためであった。診断を受けてAさんは、学生相談室の日々、忙しくてやりがいのある日々 私は前職、とある大学の学生相談室で、カウンセラーとして10年以上働いていた。それは、忙しい日々であった。朝9時に出勤し、つかの間事務作業のためのゆったりとした時間が流れた後、10時、学生相談室開室である。そこからは記憶があいまいになるほど忙しい。通常、心理カウンセリングは週1回、50分が基本の枠とされているが、あまりに相談申込が多いため、途中から融通を効かせて1回を25分に設定することにした。これで、少しゆとりができる…、と考えたが、新たにできた枠は3か月ほどで全て埋まってしまう。時には、1日に12名の学生と途切れなく話をする日もある。労働時間が長いというよりも、大変濃密なのである。またある時には、緊急的な事情で、夜中まで学生に付き添うようなこともある。しかし私は最後まで、学生相談室のカウンセラーという仕事が好きであった。 この理由は、何も私が勤勉であるとか、良くできた人柄であるということでは決してない。勤務していた当時はなぜ仕事が好きなのかがよく分からなかったが、今振り返ってみれば、悩みを抱え、それに向き合おうと学生相談室を訪れる学生たちの姿に、惹かれるところがあったように思う。勤務した期間に、多くの学生たちとの出会いがあり、私自身が学生に救われたこともあった。中でも、私が特に関心を持って取り組んでいたのは、発達障害傾向のある学生の支援である。学生Aさんとの出会い 発達障害傾向のある学生(以下、発達障害学生とする)の支援に関心を持ったきっかけになったのが、働き始めてすぐの頃出会ったAさんである。Aさんの事例は、山内(2023)で詳細に扱ったが、ここでは発達障害の視点から再度まとめ直し、紹介したい(プライバシー保護のため、事例には変更を加えた)。Aさんは、博士後期課程の男子大学院生であった。大柄で、はた目にはのんびりした印象を与えるAさんは、研究は自分の得意分野であると言い、英語論文等の業績をいくつも持つ、極めて優秀な大学院生であった。Aさんは開口一番、「指導教員の先生とうまくいかない」と語った。博士後期課程から新たに指導教員になった先生との関係に悩んでいるという。 投稿論文の下書きをして先生に持って行ったところ、“結果や考察は非常にいいが、引用の箇所が長い”と言われたという。よく聞けば、1段落丸々に近い分量をそのまま引用していたことが明らかになった。Aさんとしては、科学論文は、新たな知見を発表することが肝であり、先行研究の実施状況は誰がレビューしても同じであるのに、なぜそれを利用してはいけないのかが分からないという。「どうして写したらいけないんですか?」というAさんのシンプルな問いに、私はうまく答えることができなかった。 Aさんはその様子を見て、「先生も、周りの学生も、説明はできないけど、どうもルールを理解している。なぜ周囲の院生はこうい

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