GLOCAL_Vol.23
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6「これまでの違和感の正体が分かった気がした」とほっとした様子も見せたが、指導教員との関係は悪化の一途をたどった。何しろAさんは非常に優秀な大学院生である。引用箇所が長いという指摘をしなければならないような状態は、指導教員にとっては怠慢だと感じられるのだろうということが想像された。未熟なカウンセラーの失敗 指導教員との関係が悪化していく中で、Aさんはどんどん元気をなくしていき、自信を持って取り組んでいた研究も手に着かないことが出てきた。私はAさんが抱える問題の一次的な原因は自閉スペクトラム症の特徴であると理解しながら、Aさんの落ち込む気持ちをただ傾聴するカウンセリングに終始した。少し期間が経ったのち、Aさんは「先生は優しいけど、ここに来ても何も解決しない」と相談室に顔を見せなくなってしまった。これは私の、あってはならない失敗である。 では、自閉スペクトラム症やその傾向のある学生が不適応を生じたとき、必要とされている支援とは一体何なのか?先行研究では自閉スペクトラム症の人々の約半数がうつ病や不安障害を併発することが明らかにされているものの(例えば、Hofvander et al., 2009;Lugnegård, Hallerbäck, & Gillberg, 2011)、支援につながる知見、例えば、どのようにして、うつや不安の症状が生じてくるのかについての研究は、未だ十分ではない。環境とマッチすることの重要性 自閉スペクトラム症と不安が併発しやすい背景については、大きく3つの仮説がある(石川,2018)。1つ目に、完全に独立して生じているという独立説、2つ目に、自閉スペクトラム症の症状の1つに不安の高さがあるとする包含節、3つ目に、自閉スペクトラム症の症状がリスク要因となるとするハイリスク説、の3つである。これらの説は、どれか一つが正しいということではなく、おそらくどれも並列に生じていると考えられるが、例えば3つ目のハイリスク説で説明できるような不安に関しては、心理的な支援によって介入できる可能性があると言えるだろう。 私はこれについて検証すべく、量的な研究を実施した。自閉スペクトラム症傾向と抑うつ、不安の関連のうち、日々の生活の中で生じる本人の困り感(以下、主観的な困難感とする)によって媒介される割合はどの程度なのかを検証するためである。 2034名の大学生のデータを用いて行った分析では、自閉スペクトラム症傾向と抑うつとの関連のうち約85%が、また、不安との関連のうち約70%が、本人の主観的な困難感によって媒介されていることが示された(山内他,2023)。つまり、自閉スペクトラム症であること自体が抑うつ感や不安感を高めているのではなく、日常生活上に様々な困難があることこそが、抑うつ、不安の背景になっているということである。 この結果からはさらに、自閉スペクトラム症の特徴のあったとしても、自身の特徴とうまくマッチングする環境に身を置き、周囲の理解を得て困難感が少ない生活を送ることで、生き生きと生活を送ることができる可能性が高いと言うこともできるかもしれない。 つまり、私がAさんへの支援で行うべきだったのは、まずは物理的な環境調整、例えば、指導教員にAさんの特徴を説明し、配慮を求めたり、対応方法を一緒に検討することだったのである。合理的配慮によって守られる学生 2016年に施行された障害者差別解消法と、2021年の改正によって、全ての大学において合理的配慮の提供が法的義務となった。この合理的配慮は、障害のある学生に対して、障害のない学生と同じように学びの機会を保障することがその第一の目的であるが、山内他(2023)の結果と併せて検討すると、それ以上の意味が見えてくる。すなわち、自閉スペクトラム症やその傾向の学生にとって、合理的配慮によって学生生活上の困難感が取り除かれれば、抑うつや不安を発症する可能性が大幅に減少するということである。 もちろん、学生は授業だけでなく、課外活動やアルバイト、友人関係など、様々な場面において生活上の困難感を感じる可能性がある。しかし、これまで学校場面や対人関係における違和感や不全感を経験しながら育ってきた自閉スペクトラム症のある学生にとって、大学において勉学に励む適切な環境が確実に提供されることには、大きな意味があると言えるだろう。発達障害の新たなとらえ方 さらに最近では、発達障害者の光る能力に注目した発達障害観が徐々に広がりを見せている。重い自閉症を持ちながら、数多くの重要な発見をしてきた米国の動物学者であるテンプル・グランディンは、2010年に「世界はあらゆる頭脳を必要としている」というタイトルでTEDのプレゼンテーションを行った。そこで彼女は、彼女の持つ自閉症に特徴的な認知特性こそが、社会に有用な発明を生み出す鍵になっていると述べ、脳の多様性を包含する社会の重要性を指摘した。 近年ではこの主張が社会に取り入れられつつある。その表れとして、ニューロダイバーシティ(神経多様性)という言葉が登場したり、発達障害者やその傾向のある人々を“種族(tribe)”と表現する専門家もいる。今後の社会では、発達障害が障害ではなく、特徴として広く認知され、社会の中で自然な配慮が行われていく中で、彼らが持っている光る力が発揮される場面が増えていくことと思われる。今後も、発達障害のある学生が存分に力を発揮するための学生支援の在り方を探っていきたい。引用文献Hofvander, B., et al. (2009). Psychiatric and psychosocial problems in adults with normal-intelligence autism spectrum disorders. BMC psychiatry, 9(1), 1―9.石川信一(2018)不安・うつへの支援 日本発達心理学会(編) 自閉スペクトラムの発達科学 新曜社 pp231―233Lugnegård, T., et al. (2011). Psychiatric comorbidity in young adults with a clinical diagnosis of Asperger syndrome. Research in developmental disabilities, 32(5), 1910―1917.山内星子(2023)学生相談におけるギフテッド支援 LD研究,32(4),印刷中山内星子・杉岡正典・鈴木健一・松本真理子(2023) 青年期の自閉症スペクトラム特性と心理的適応との関連:生活上の困難とソーシャルサポートを媒介変数として 発達心理学研究, 34(1), 19―28

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