GLOCAL Vol24
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8アフタートークとして「正義と平和を求めて―政治家バーバラ・リーの闘い」と題する講演を私が行った。講演会の参加者の中心は国際関係学部の教員と国際人間学研究科国際関係学専攻の大学院生で、映画上映会と比べると小規模でアットホームな雰囲気での開催となった。 本講演のテーマは、バーバラ・リーが掲げる政治理念と彼女が取り組む政策課題に見られる「平和主義」である。映画の中でリー議員は「私は絶対的平和主義者(pacifist)ではなく、武力行使は選択肢です。ただし、あくまで最後の手段です。まずは戦争の回避から始めるべきなのです」と述べている(映画の字幕ではpacifistは「平和主義者」となっているが、厳密には「平和優先主義者」を意味するpacificistと区別して「絶対的平和主義者」と訳すべきだろう)。しかし、リー議員は1999年のコソボ紛争におけるNATO軍による空爆にも、2003年のイラク戦争における軍事力行使承認決議にも一貫して反対の姿勢を貫いており、賛成に回った圧倒的多数の他の議員と比較すると、外交政策に関する彼女の投票行動が積極的に平和構築を志向するものであることは明らかである。今回の講演ではこの映画に収められている彼女の言動の記録に加え、彼女がホームページやSNS上で直接発信している情報、さまざまなメディアにおけるインタビュー記事、さらには彼女が2008年に出版した自伝『平和と正義を求める反逆者(Renegade for Peace and Justice)』を参照しながら、政治家バーバラ・リーが掲げる「平和主義」について多角的に考察した。 各地の上映会での反応に接していると、観客の関心は映画の前半部分の9.11直後の場面に集中しており、リー議員の地元での政治活動を扱った他の場面との関連性が理解されにくい傾向があるのを感じている。そこで、今回の講演では軍事力行使承認決議への反対に見られる外交政策での彼女の政治的立場と、米国内における社会的、経済的正義を求める彼女の政治活動が「平和主義」の理念のもとでつながっている点を強調した。映画ではリー議員が軍事力行使承認決議に反対した主な理由として、合衆国憲法に定められた三権分立の原則を堅持し、大統領に際限なき権限を与えることに抵抗した点に特に焦点が当てられている印象が強い。しかし、他のインタビューや自伝などで語られる彼女の言葉に注目すると、リー議員がそのような決断に至った背景には彼女の深い信仰心、マーティン・ルーサー・キング牧師の非暴力・平和思想の影響、アフリカ系女性政治家としての外交に対する独自の視点など、さまざまな要因が複雑に関係していることがわかる。 リー議員は議会での演説で「もし性急に反撃を開始するのであれば、女性や子供、その他の非戦闘員が戦渦に巻き込まれるというあまりにも大きな危険を私たちは冒すことになるのです」と主張しているが、ここに見られるのは正義の論理を超越し、国を問わず武力攻撃によってもっとも深刻な被害を受ける蓋然性の高い女性や子供に対する配慮や責任を問う「ケアの倫理」である。このような「ケアの倫理」は、既存の政治システムの中で周縁化されてきたもっとも脆弱な人々、特に貧困状態にある非白人の女性や子供に対する責任やニーズへの応答を重視する彼女の政治活動全般に見られるものである。また、人種、階級、ジェンダーなどさまざまなカテゴリーが相互に関連し、複雑に交差する権力関係に焦点を当てて社会問題を提起し、分析する手法である「インターセクショナリティ(交差性)」を政策立案の過程で実践しているのも、彼女の政治スタイルの特徴である。 さらに、リー議員は自伝の中で「国際情勢の安定と紛争解決が平和に不可欠であるのと同様に、戦争と平和に関する我が国の政策を再考する作業は、まず国内から始めなければなりません」と述べているが、ここに見られるのは平和構想における「グローカル(glocal)」な視点である。米国内で貧困や差別などの社会的・経済的な諸課題の解決に取り組むのと同時に、銃犯罪、警察官による暴力、学校でのいじめ、そして彼女自身も被害者であると告白しているドメスティック・バイオレンス(DV)など、あらゆる形態の暴力の問題に対して「非暴力的」な解決を模索し続ける努力が、最終的には国際紛争の解決にもつながると彼女は考えているのである。グローバルな文脈を視野に入れつつ、地元のコミュニティの人々の声に耳を傾けながら、社会的・経済的正義と平和の実現を目指して政治家バーバラ・リーは闘い続けている。ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動に対する連帯を表明するバーバラ・リー(ギンズバーグ監督提供)おわりに 映画『権力を恐れず真実をー米国下院議員バーバラ・リーの闘い』は、今後の各地でのさらなる上映会の開催に加え、より多くの人に鑑賞してもらえるようにDVD化の計画も進行中である。本稿を執筆している2024年1月初旬においても、ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルのガザ地区への攻撃も終わりの兆しが全く見えず、世界情勢は混沌として平和とは程遠い状況にある。日本国内に目をやると、政治の世界では自民党の政治資金問題が明るみに出て、国民の政治不信はますます深まっている。このように国内外でさまざまな形で分断が進行し、暴力が蔓延する先行きが不透明な時代を生きる私たちにとって、グローバルな正義と平和の実現を目指し、社会的弱者に寄り添いながら、自分の信念に忠実に行動するバーバラ・リーの政治姿勢から学ぶべきことは多いのではないだろうか。 ちなみに、現在連邦下院議員であるバーバラ・リーは、2024年11月に大統領選挙と同時に行われる連邦議会選挙で、カリフォルニア州の上院議員候補として出馬することを表明している。こちらの選挙の行方とともに、彼女の政治家としての今後のさらなる活躍にも注目していきたい。 最後に、今回のセミナーを通して学内における学術交流を深めることができたのは、私にとって大きな成果であった。講演会終了後に行われた懇親会では、国際関係学部の羽後静子教授とハワード・ケン・ヒガ教授から刺激的かつ心温まるコメントをいただき、大いに励みとなった。主催者である国際人間学研究科国際関係学専攻長の澁谷鎮明教授、今回のイベントの発案者で、開催に向けて多大なご尽力をいただいた財部香枝教授、そしてセミナーにご参加いただいたすべての方に感謝申し上げる。また、上映会で講師を務めていただいただけでなく、私とこの映画の出会いのきっかけを作ってくださった柳澤幾美氏に、この場をお借りして御礼申し上げたい。引用文献Barbara Lee, Renegade for Peace and Justice: A Memoir of Political and Personal Courage (Rowman & Littlefield Pub Inc, 2008)国際連合広報センター「SDGs(エス・ディー・ジーズ)とは? 17の目標ごとの説明、事実と数字」,https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/31737/(参照2024-1-8)

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