GLOCAL Vol24
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10社会の自然な変化を促すアプローチとエビデンスに基づいた情報提供を通じて、個々人が自発的に言葉の使用を見直すよう促すことが重要であろう。また、個人が配偶者を「嫁」と呼ぶ行為は、その人が女性を劣位に見ていない限り、問題ではないという見方がある。しかしながら、言葉は発話者の意図だけでなく、受け手の解釈にも影響を及ぼすため、その使用には慎重さが求められる。言葉を用いる際には、それがどのように受け取られるかを考慮し、ジェンダー平等への配慮を念頭に置くことが過渡期には重要である。最終的に、言葉の使用において最も重要なのは、背後にある意図と、ジェンダー平等に対する深い理解とその意識である。おわりに 本稿では、日本語内の性差別的な表現について報告したが、修士論文では、外国語としての英語における、性差別的な表現に対する日本人の態度を調査する。言葉は社会の鏡であると同時に、社会変化の触媒ともなり得る。英語話者の認識や態度を研究し、そこから得られる知見をジェンダー平等の意識向上へと貢献させることを目指す。引用文献遠藤織枝(1987)『気になる言葉―日本語再検討』南雲堂.奥田良胤(2011)「放送界の女性参画の現状と課題―男女雇用機会均等法施行から四半世紀」『放送研究と調査』86(11), 52-65.厚生労働省(2023)「イクメンプロジェクト」https://ikumenproject.mhlw.go.jp/project/about/(2023年12月9日閲覧)原田邦博(2008)「ジェンダーの視点から「呼称」を考える―新聞・放送に見る「女」と「男」―」『日本語とジェンダー』8, 32-35.水本光美(2017)「他人の配偶者の新呼称を探るアンケート調査:「ご主人」「奥さん」から「夫さん」「妻さん」への移行の可能性」『日本語とジェンダー』 17,13-30.柳谷啓子(2022)「女性を表す語句と表現:30年の歳月がもたらした変化」『人文学部研究論集』48, 87-111.はじめに 近年、社会の変化に伴い、伝統的に使用されてきた言葉に対する見直しが進んでいる。特に、性差別的な表現に対する意識が高まり、こうした言葉の使用が制限されつつあるのが現状である。本稿では、日本語に見られる性差別的な表現がどのように変化してきたか、について具体例を挙げて紹介する。最後に、このテーマに関連する修士論文の概要を説明する。日本語の性差別的な表現 1986年に男女雇用機会均等法が施行され、その後の改正により、「ステュワーデス」が「客室乗務員」、「保母」が「保育士」、「看護婦」が「看護師」へと名称が変更された。こうした変更は、職業における性別の区別を撤廃する意図を持つ。しかしながら、現在でもマスメディアは女性を示す際に、「女子アナ」「女医」「女性弁護士」または「リケジョ」など、女性冠詞を含む用語を用いている(奥田、2011; 柳谷、2022)。このような表現は、歴史的に女性が職業に就くこと自体が珍しいとされていた時代の名残であり、女性の社会進出を応援し、注目を集めるためのポジティブな意味合いを持つ可能性がある。しかし、奥田(2011)は、マスメディア側は、女性を男性とは異なる存在として際立たせる方が売りになると考えていることを指摘している。そのため、テレビや新聞などで、女性冠詞を使用して女性を示し続けることによって、男性中心的な時代の名残がいつまでも人の意識に刷り込まれていく可能性があり、性差別的な態度を潜在的に促進する恐れがあると考えられる。 また、「イクメン」や「愛妻家」といった言葉は、女性が育児をすること、女性が配偶者への愛情を示すことが当然であるという前提に基づいており、男性が同じ行為を行うと、特別視され、それに沿った表現が生まれる。ジェンダー平等の重要性が広く認識される現代社会において、これらの言葉が持つ性差別的な意味合いに対して批判が高まっている。 その批判とは相反して、2010年に男性の育児参加を奨励するイクメンプロジェクトが厚生労働省により開設されて以来、現在も「イクメン」という用語が使用され続けている。育児に積極的に参加する男性を称賛し育児参加を促す意図があるのだろうが、男性の育児を特別視し、育児に参加する男性はイケメンであるかのような印象を与えることで、本来目指すべき男女平等とは異なる意味を持つ可能性がある。子育てに専念し、子育てを主な責務とする女性にとって、夫の積極的な育児参加は評価に値する行動と捉えられる可能性がある一方で、共働きの女性にとっては、男性が育児に参加することは特別で賞賛されることというイメージは女性の育児への自動的な責任づけを示唆する可能性がある。ジェンダー平等の観点から、育児参加が男女どちらにとっても自然な行為であり、性別に関わらず育児に積極的に参加することが評価される認識の普及が重要であろう。 配偶者の呼称にも古い時代の名残があり、「主人」「旦那」「家内」「嫁」「奥さん」「女房」が夫婦の支配関係を作り出すと問題視されてきた(遠藤、1987)。これらの伝統的な表現に変わるものとして、「夫」「妻」が挙げられるが、さらにジェンダーニュートラルな表現として「パートナー」や「(お)連れ合い」などがある(水本、2017)。また、他人の配偶者を指す際の「ご主人」や「旦那さん」、「奥さん」「お嫁さん」という表現の代替表現として「夫さん」「妻さん」という表現が提案されてきたが、広く普及しているとは言い難い(原田、2008; 水本、2017)。性差別的な表現との向き合い方 現在、これらの性差別的な表現の禁止を求める動きが存在するが、そのような直接的なアプローチは時に一般大衆の反感を招き、望ましい結果が得られない可能性がある。その代わり、日本語に潜む性差別的な言葉たち国際人間学研究科 言語文化専攻 博士前期課程1年杉山 侑姫(SUGIYAMA Yuki)2001年愛知県丹羽郡大口町生まれ。2023年に中部大学大学院へ進学。卒業論文では、日米における国籍差別の比較をテーマにした。修士論文では、英語とジェンダーをテーマに執筆中であり、他に早期児童英語教育について執筆している。

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