GLOCAL Vol24
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2024 Vol.242024 Vol.242024 Vol.245ど試合内容に関心を向けることなく、流行のパーティを楽しむために会場を訪れる人びとも存在しており、平和で落ち着いた雰囲気の中で大量のドイツ国旗が振られる様子がドイツ国内外でも衝撃をもって伝えられた。「ファンマイレ」という言葉は2006年の「今年の言葉」で1位を獲得したことも含め、社会現象を巻き起こしたのである。このイベントは、2006年以降も、サッカーユーロカップなどにも引き継がれており、すっかり恒例行事となっている。 筆者はこれまで、日本とドイツにおいて、パブリック・ビューイングに参加した経験を持つ人びとに対して、個別に半構造化面接をおこなってきた。その上で、データの個別性を重視しつつ、一般的理論化を試みる「グラウンデッド・セオリー・アプローチ」を用いた分析に取り組んだ。さらに、デザイン工学やユーザビリティ研究などで使われている手法をオーディエンス分析に援用し、分析プロセスをチャートに落とし込み、可視化しながら知見の集積をおこなった。その結果、日本とドイツには第二次世界大戦後、ナショナル・アイデンティティの表明に対する抵抗感が社会的に共有されてきたという大きな共通点がありながら、参加者のアイデンティティ形成の仕方に差異があることが明らかになっている(立石 2014など)。 パブリック・ビューイングは、参加者(視聴者)の能動的関与によって、メディア・イベントとしての放送が再イベント化されるという性質が観察される。それに加えて、インターネットやモバイルメディアの普及にともない、テレビの視聴者を取りまく情報メディア環境が重層化している中で、メディア・イベントにも質的変容が生じている。2018年ユーロカップに際して開催されたベルリンのファンマイレ(筆者撮影)「メディア・イベント」の現在地 こうした新たなメディア・イベントの特徴として、仮設の舞台で展開される点に着目したい。仮設建築物に媒介される文化には、その短命さゆえに、いっそう祝祭的な特質が宿る。こうした視座を発展させて、文化人類学者の山口昌男は、バブル崩壊後、制度の安定性や恒常性が急速に後退した文化現象を捉える上で、「仮設性」という概念に着目している。 パブリック・ビューイングは、家庭内視聴の恒常性とは対照的に、仮設されたスクリーンに媒介され、ごく限られた時間のみ、その場限りの出来事として受容される。それは常設のスタジアムで試合を観戦できなかったサッカーファンたちが、仕方なく参加するものであるかのように誤解されるかもしれない。しかし既に述べたように、それは熱心なファンのためだけの催しではなく、逆に趣味集団の境界を曖昧化させる出来事として、より多くの人びとに経験される。 注意しなければならないのは、ダヤーンとカッツが記述するように、メディア・イベントが結果としてもたらす社会への影響は、統一性を強調する場合もあれば、多元性に繋がる場合もあるという点である。メディア・イベントは放送とイベントに関するひとつのジャンルであり、常に大衆動員の末にナショナリズムへと至る結果を生みだすものではない。ダヤーンとカッツ以降必要とされるようになったのは、ある一定の社会からメディア・イベントを取り出し、類型化することではなく、特定のメディア・イベントを検証することでそれを生みだす社会的状況とはいかなるものかを推し量ることである。 メディア・イベントは、家庭の中に侵入し人々を動員していくという権力作用を持つだけでなく、公共の場で仮設的に展開する場合には、動員/抵抗といった二項対立ではない新たなファンマイレに設置された仮設の移動遊園地(筆者撮影)オーディエンスの関与が起こる。つまり、マスメディアによって権力の威信をさらに強めていた従来型のメディア・イベントが、パブリック・ビューイングの現場ではむしろ、参加者=オーディエンスによって仮設的に「再演」されることで、硬直化したマスメディアの機能を無効化しているのではないか。 こうした問題意識のもと、筆者らは2017年に『現代メディア・イベント論』にて公共空間での人々の仮設的な集まりを論じた。 他方で、コロナ禍以降、急速に存在感を増してきたのが、インターネットに媒介された中継や配信、いわゆるメタバースにおける集合体験などである。新型コロナウィルスの感染拡大は、都市の風景とともに、メディアの風景も一変させている。こうした状況を踏まえたメディア・イベント研究については、今後の課題となる。引用文献飯田豊, 立石祥子編著(2017)『現代メディア・イベント論――パブリック・ビューイングからゲーム実況まで』勁草書房.立石祥子(2014)「日本型パブリック・ビューイング文化の成立―2002年サッカーW杯におけるオーディエンス経験から」『情報文化学会誌』21巻2号Dayan, Daniel and Elihu Katz (1992=96) Media Events: The Live Broadcasting of History, Harvard University Press =『メディア・イベント―歴史をつくるメディア・セレモニー』浅見克彦訳、青弓社津金澤聰廣編著(1996)『近代日本のメディア・イベント 』同文館出版.津金澤聰廣,有山輝雄共編(1998)『戦時期日本のメディア・イベント』世界思想社.津金澤聰廣編著(2002)『戦後日本のメディア・イベント 1945-1960年』世界思想社.山口昌男(1999)「序文―文化の仮設性と記号学」日本記号学会編『ナショナリズム/グローバリゼーション(記号学研究19)』東海大学出版会吉見俊哉(1993)「メディアのなかの祝祭―メディア・イベント研究のために」『情況』1993年7月号吉見俊哉(1996)『メディア時代の文化社会学』新曜社.2012年ユーロカップに際して開催されたベルリンのファンマイレ(筆者撮影)

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