GLOCAL Vol24
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2024 Vol.242024 Vol.242024 Vol.247 もちろんバーバラ・リーの米国下院議員としての実績はこれにとどまらない。映画では多様な背景をもつ選挙区の人々の声に真摯に耳を傾けながら、人種差別、貧困、住宅、教育、移民、ドラッグ、HIV/AIDSなどさまざまな政策課題に取り組み、日々奮闘するリー議員の姿を追っている。リー議員が若いころから経験してきた人種、ジェンダー、階級をめぐるさまざまな差別や抑圧についても具体的に取り上げ、さらには彼女が政治家を志すきっかけとなったブラック・パンサー党の活動への参加や、政治の師ともいうべきシャーリー・チザム(アフリカ系女性初の連邦議員になった人物)やロン・デルムス(公民権活動家、元連邦下院議員)との出会いについても触れている。彼女は若いころ経済的に困難な状況に直面していた時期に、さまざまな公的扶助を受けながらシングルマザーとして2人の息子を育て、家を購入し、カリフォルニア大学に通ってソーシャルワークの修士号を取得している。政府が提供する社会福祉制度を活用しながら自立を目指し、自己実現を模索していた人物が、その後政治家になってかつての自分と同じような境遇にある貧しい非白人女性を支援するための政策に取り組み奮闘するという、一人のアフリカ系アメリカ人女性のエンパワーメントの物語としてこの映画を捉えることもできるだろう。第1部:映画上映会 本セミナーの第1部として中部大学の946講義室で開催された上映会には学生、教職員を含め73人の参加があった。福岡女子大学での学生有志による上映会や、北九州市立大学の北美幸教授のゼミでの上映会など、大学生を対象とした小規模の上映会はこれまでにも実施されているが、これだけの人数の大学生が参加した上映会は本学が初めてである。参加者の多くは主催者である国際関係学部の学生と、人文学部歴史地理学科で私が担当している「アメリカ史の文献を読む」の授業の受講者であった。こ地元のMLBのチーム、オークランド・アスレチックスの試合の始球式で投球するバーバラ・リー(ギンズバーグ監督提供)れまで各地で開催された上映会の参加者は比較的年齢層が高めで、この映画をもっと若い世代の人たちに届けることが切実な課題であっただけに、これほど多くの学生が今回の上映会に参加し、熱心に映画を鑑賞する光景に接して、大変感慨深いものがあった。 また、中部大学でこの映画を上映する意義として、本学が全学的に力を入れて取り組んでいる「SDGs(持続可能な開発目標)」との関連を指摘しておきたい。国連は「すべての人々にとってよりよい、より持続可能な未来を築く」ために、2030年までに達成すべき17の目標を掲げている。この映画との関連で真っ先に挙げられるのは「目標16:平和と公正をすべての人に」であるが、本作の中で取り上げられているバーバラ・リー議員が取り組んでいる政策課題は「目標1: 貧困をなくそう」、「目標3:すべての人に健康と福祉を」、「目標4:質の高い教育をみんなに」、「目標5:ジェンダー平等を実現しよう」、「目標8:働きがいも経済成長も」、「目標10:人や国の不平等をなくそう」、「目標11:住み続けられるまちづくりを」など、SDGsの複数の目標と関連している。さらに、「目標17:パートナーシップで目標を達成しよう」は、官と民、ローカルとグローバルのレベルでの連携において橋渡し役を担おうとする彼女の政治姿勢そのものを表している。SDGsについて理解するうえで重要なのは、17の目標が個々にバラバラに存在するのではなく、互いに分かちがたく結びついて持続可能な社会を目指すことであるが、この点について学生が理解を深めるためにも本作は最適の教材であろう。 上映会ではまず初めに、柳澤幾美氏による約10分間の映画の事前説明が行われた。この映画の舞台であるアメリカの政治制度や社会事情は日本とは大きく異なるため、関連する授業で学んでいる一部の学生を除き、背景知識なしに映画の内容を十分に理解することは難しいと思われる。柳澤氏によるアメリカの議会制度、二大政党制、公民権運動の歴史に関する簡潔でわかりやすい説明はそのギャップを埋めるもので、参加者がこの映画をより深く理解することにつながったに違いない。さらに、アリス・ウォーカー(作家)、ジョン・ルイス(公民権活動家、元連邦下院議員)、ダニー・グローヴァ―(俳優)、アレクサンドリア・オカシオ=コルテス(連邦下院議員)など、アメリカ人であれば誰もが知っているような著名人が数多く登場するのも本作の見どころの一つだが、これらの人物について事前に知ることにより、さらに映画を楽しむことができただろう。 この映画を鑑賞した学生はどのようなことを考え、感じたのだろうか。ここでは私が担当する「アメリカ史の文献を読む」を受講している歴史地理学科の学生が提出してくれたレポートの内容を集約して紹介したい。多くの学生にとってもっとも印象に残っている場面は、やはり9.11同時多発テロ直後の連邦議会でバーバラ・リーがとった行動である。他の議員が全員、軍事力行使承認決議に賛成する中で、周りの状況に流されることなく、たった一人自分の信念に忠実に反対の意思を表明した彼女の勇気と行動力に、多くの学生が感銘と刺激を受けたようである。 中にはリー議員との比較を通して日本の政治の現状を批判するような意見もあった。ある学生は「議員は自分自身をもつべき」というリー議員の言葉に言及しながら、日本の国会議員が「政党の意向に流され過ぎている」と指摘している。この映画を通して日本の政治を省みる意見や感想は他の上映会場でもこれまで多く聞かれたが、学生の中にも日本の政治が抱える閉塞感を強く意識している者がいて、日本の政治家の多くに欠けている魅力や活力をリー議員の中に見出したのかもしれない。さらに、私の授業でアフリカ系アメリカ人の歴史を学んでいる学生にとっては、この映画はアメリカの政治、社会の現状と課題について理解と関心をさらに深める契機となったようだ。映画の中で実際にリー議員が経験したさまざまな人種差別の場面を目の当たりにして衝撃を受けたようだが、授業で学んだ知識と照らし合わせて、米国の人種主義、ジェンダー不平等、貧困・経済格差問題に対するより深い洞察につなげることができたのではないだろうか。第2部:講演会 映画上映会の終了後、会場を不言実行館2階のスチューデント・コモンズに移して、映画の公民権運動の象徴であるアラバマ州セルマの橋を渡るバーバラ・リー(ギンズバーグ監督提供)

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