GLOCAL 2025 Vol.25(Special edition)
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2025 Vol.252025 Vol.252025 Vol.2517 このように、瑞樹さんはユタのようでありながら、あらゆる病気の霊的治療を行うヒーラーであり、津々浦々の神様や眷属と直接会話ができるチャネラーであり、自宅のソファから魂だけで日本全国の依頼者の家や病院を訪れたり、神社仏閣の神々に会いにいくなど「魂の飛行(ecstatic journey)」を自在に可能とするシャーマンなのである。おわりに 以上のように、現代沖縄では、もはやこれまでの定義や固定概念のみではユタの現状を説明できなくなっているにも関わらず、従来の研究ではユタの定義から外れる瑞樹さんのような方々を研究対象としてこなかった。しかし、今後の沖縄のシャーマニズム研究に必要なのは、現代性に着目し、ありのままを記録する視点ではないだろうか。龍宮の神々と交流する佳宮瑞樹さん(於宮古島池間・2020年・筆者撮影)引用文献池上良正1999『民間巫者信仰の研究』未来社エリアーデ・ミルチャ、堀一郎(訳)1981『シャーマニズム 古代的エクスタシー技術』冬樹社(M. Eliade. 1951. Le Chamanisme et les Techniques Archaiques de l’extase. Paris: Librairie Payot.)佐々木宏幹1980『シャーマニズム エクスタシーと憑霊の文化』中公新書塩月亮子2012『沖縄シャーマニズムの近代 聖なる狂気のゆくえ』森話社平井芽阿里2020『ユタの境界を生きる人々 沖縄のシャーマニズムを再考する』創元社村上晶2017『巫者のいる日常 津軽のカミサマから都心のスピリチュアルセラピストまで』春風社318―319〕。 本研究はこのような沖縄のユタ研究や日本のシャーマニズム研究の延長線上に位置付けられるものである。その上で、ユタの「現代的展開」に特に着目した〔池上1999:470〕。現代沖縄のユタとは ユタになる人には、一定の共通するパターンがある。例えば、幼少期には多くの人が病弱で、幽霊や神々を目撃するなど「サーダカウマリ(霊力の高い生まれ)」としての傾向がある。そして20代から30代の頃に、夢などを通して神々を目撃する。 ユタは琉球政府から人を惑わす存在として禁圧され、差別されるなどした歴史が長く、過酷な体験をするイメージが強い。そのため神々がユタになるよう伝えても、快く承諾する人はほぼおらず、拒否した途端に「神狂い」や「神祟り」と表記されるほどの恐ろしい「カミダーリ」という試練が与えられる。 カミダーリとは、通院しても決して完治しない身体の痛みや不調、自身や身内の怪我、事故、離別、死別などの体験を指す。あまりの苦しさに藁をも掴む思いでユタに助けを求め、ユタの導きによって自身の神を探し、神の道に入ることを決意する。その瞬間、カミダーリは不思議とピタリと収まり、次第に家に客が訪れるようになる。 ユタになった後は、神々や先祖と交流することで依頼者からの各種祈願や悩みに対応し、カミダーリ経験者に正しい神を選定したり、ユタになった人に手順を教えたり修行を手伝うなど、新米ユタの指導も担う。また、客の依頼に対応する傍ら、再びカミダーリにならないよう、御嶽などの聖地を巡拝する霊的修行も欠かしてはならない。 これに対し現代では、サーダカウマリでカミダーリを経験しながらもユタにならない人、カミダーリを経験しないユタの存在がある。また、ユタの多くが先祖を正しく祀っていないことを不幸や災いの理由にしてきたのに対し、現代では先祖や墓参りを重視しないユタも出現している。他にも、タロットやハーブを使用するユタ、オーラ鑑定やインターネット占いなどに精を出すなど、手法も多岐に及んでいる。 このような人々は、ユタの伝統的な定義に当てはまらないことからも、どちらかと言えば直接的な研究対象からは外れてきた傾向にあった。それゆえ、これまで膨大な研究蓄積がある沖縄のユタの現代的変化を見過ごす危険性があった。ユタの境界を生きる人々 そこで2020年に刊行した拙著『ユタの境界を生きる人々』では、サーダカウマリやカミダーリなどユタの成巫過程と類似する点を持ちつつ、超自然的存在と直接交流・接触しながらユタ以外の新たな役割を生きる人を「ユタの境界を生きる人々」と定義づけた〔平井2020:209〕。 本研究で取り上げたのは、宮古島出身の40代女性、「佳宮瑞樹」さんのライフヒストリーである。これは神々が授けた「神名」であり本名ではない(なお、拙著を刊行した時点では神名は「水樹」だったが、その後「神々の意志」によって変更したそうだ)。 瑞樹さんは5人兄弟の末っ子として1970年代に宮古島で生まれ育った。特に病弱というわけではなかったが、幼少期から幽霊を目撃したり、正夢が現実になることもあった。18歳で沖縄本島の専門学校に進学し、20代で結婚と出産、離婚を経験し宮古島に戻るも経済苦に苦しむ。30歳で再婚し32歳から介護職を始めた後、ひどいだるさに襲われ、37.5度の微熱が続き、寝込む日もあった。また33歳の時に「ユタになる」と宣告された後、3メートルを優に越す巨大な琉球王国時代の王様が夢に現れ、「これが私の神様だ」と悟る。 ユタの定義に倣えば、サーダカウマリで、カミーダリを経験し、神が自ら夢に現れるなど、どう見てもユタの定義と一致する。 それにも関わらず、瑞樹さんはカミダーリを「瞑想」で自ら解決し、神からの催促に対し「やるけどユタはいや」と意思表示した後、前世療法のセラピストの資格を取得するなどユタ以外の道を選ぶ。変性意識状態に入るトレーニングを重ねたことで神々の姿がはっきりと見えるようになり、会話をし、龍神や神々からの授与品に触れることもできるようになる。
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