GLOCAL 2025 Vol.25(Special edition)
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教員の研究紹介教員の研究紹介教員の研究紹介教員の研究紹介22国際人間学研究科 言語文化専攻 助教安保 夏絵(AMBO Natsue)大阪大学大学院人文学研究科博士後期課程単位修得退学。修士(言語文化学)。2020年に留学先のカナダから帰国後、非常勤講師の職歴を経て、2022年より中部大学人文学部英語英米文化学科に勤務。2024年より国際人間学研究科言語文化専攻兼務。専門領域はアメリカ・カナダの現代文学。関心のあるテーマは小説で描写される女性の生き方とセクシュアリティ。「AIに性別は必要か?」というテーマのもと英語圏小説を現在研究中。失われつつある境界を探って現代英米文学における人間と非人間の描写となる欲望を持ち、武器=無機物になりたいという欲望を読み取ることも可能だ。 人間が武器になりたいという無機物化の欲望は、ジェンダーのテーマで読み解くと、人間の子孫を残さずに死を選択するという「死の欲望」に結びつけることが可能だ。人間は異性間でしか妊娠して子をつくることができない。同性や無機物を愛するということは、子孫を残さないという「死」を選択するということになる。エーデルマンは、そのような同性愛や死の欲望を否定することなく、異性愛者のあいだで生まれる子どもが未来の象徴であるという未来中心主義を批判している。同性愛者たちは異性愛中心主義的な社会に反発し対抗することでエネルギーを生みだす。 このエネルギーは『重力の虹』ではホモセクシュアルな「死の欲望」と戦力に繋がっている。つまり、同性愛、戦争、死の欲望という三つの要素は密接に関係している。『重力の虹』以外にも、遠藤は、キャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield, 1888―1923年)の『至福』(Bliss and the Other Stories,1919年)において「戦争=病=「完全な至福」という恐るべき等号を読まなければならない」(p. 153)と述べている。遠藤は、戦争が病の隠喩であること、その病による苦痛の増大や死が快楽になるという欲望の逆説について論じている。確かに、主人公のバーサ・ヤングは同性愛に目覚め幸福感が高まるのだが、時代は第一次世界大戦期である。後にバーサは病に苦しみ、幸福から不幸という感情の落差が描かれている。 このように死の欲望(快楽)、戦争、ホモセクシュアルは実は強固に結びついた要素である。社会「他者」としての身体と情動 現代英米文学小説で描かれる「他者(the Other)」は文化・性別・人種が自己と異なる人間だけではない。例えば、自然も他者となりうる。人間と自然の境界は曖昧であるとされ、さらには「人間と自然との間の区別は存在しない。人間と自然とは、相対する二項ではなく、相互につながっている」と論じられている(Deleuze and Guattari, p. 12)。さらに、自然や動物はもちろんのこと、本来ならば自己の一部として捉えるであろう人間の器官もまた「他者」として研究対象とすることが可能である。器官はその他の器官と密接に接続されていることから、自己と「他者」の境界はさらに曖昧なものとなる。 他方で、「他者」の意味の内奥に踏み込むと、「他者」というのは物理的に存在するものだけではない。人間の抱く様々な感情や欲望もまた「他者」として分析される。例えば、アメリカ文学においては、自分の身体の一部を喪失するかもしれないという恐怖の感情が「情動」(affect)の例として挙げられる。竹内らの『身体と情動』(2016年)は、アメリカン・ルネサンス文学における身体と情動について分析している。本稿では、おもに英米現代小説における「他者」と「情動」を読み取り、ジェンダー問題に結びつけつつ、人間と「他者」(非人間)の共生について考察してみたい。英米現代小説における「他者」と「情動」、そして精神分析・ジェンダー批評へ 現代アメリカ小説では、人間の身体や情動を「他者」として捉えることが可能だ。アメリカの現代文学作家トマス・ピンチョン(Thomas Pynchon, 1937年―)もまた人間と非人間の境界の曖昧さと、情動が人間に及ぼす影響を描いている。例えば、『重力の虹』(Gravity’s Rainbow1973年)は第二次世界大戦中のドイツとイギリスが舞台となっており、物と「接続」することで無機物になりたいという欲望が描かれている。主人公のスロースロップが性的興奮を覚えたあと、V2ロケットがロンドンに落下し、パブロフ派によって自白剤を飲まされる描写がある。これは、主人公の自己と「他者」の境界が喪失されていると解釈できる場面だ。 その他にも、この小説にはロケットと一体化する同性愛者の男性や、ロケットの一部に使用されているプラスチック製の服を着て興奮する女性が登場する。これは、主人公の自己と「他者」の境界が喪失されているという分析だけでなく、人間が物と接続されることで無機物

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