GLOCAL 2025 Vol.25(Special edition)
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2025 Vol.252025 Vol.252025 Vol.2529て、日本語会話力の向上を図っている。異文化間老年介護の課題と展望 1993年に設けられた技能実習生制度では、日本での就労は認められておらず、実習先での不当な待遇による失踪、定められた滞在期間を過ぎての不法滞在などの問題が少なくなかった。外国人不法滞在者に対するイメージは、簡単に犯罪と結び付けられてしまう。しかしながら、これは外国人労働者だけに問題があるのではなく、雇用者、ひいては日本人の外国人、特に発展途上の国の人々への偏見や差別意識にも原因がある。 特定技能生制度は、労働力不足を補うという明確な目的のもとに2019年に設けられた。2024年3月には外国人介護福祉士の訪問系サービスへの進出を解禁する方針も打ち出された。導入が進めば新たな選択肢の一つとなるであろう。 外国人介護福祉士を取り巻く政策は刻々と変わっている。今後は、介護する側だけでなく、介護される側にも異文化を理解することが求められるであろう。 異文化間老年介護問題は、日本だけでなく、近い将来インドネシアはじめ他国においても確実におこる地球規模の懸案事項である。日本はその懸案を払拭し、異文化間老年介護先進国となれるだろうか。その際、日本人が求める理想的介護が、必ずしも他の国ではそうではない場合もあることに留意する必要があるであろう。訪日前研修に励むインドネシアの若者たちと筆者謝辞 調査にご協力いただきましたインドネシアの送り出し機関の皆様、研修生の皆様に御礼を申し上げます。また、本調査はJSPS科研費「異文化間老年介護をめぐる応答の人類学的研究―インドネシア人介護職人材を中心に―」(課題番号22K01103)の助成を受けて実施されたものです。参考文献およびサイト厚生労働省・内閣府・総務省統計局各ホームページ(最終閲覧日2024年9月16日)中友美「外国人介護職員受け入れに関する展望と課題―介護職の抱える問題と外国人に特有の問題―」『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要』No. 16(2015)布尾勝一郎ほか「外国人介護・看護労働者のキャリア形成」『日本語教育』175号(2020)全寮制であるため光熱費・水道費・食費・部屋代を含めた寮費が約900万ルピア(82700円)必要となる。一般的なインドネシア人にとっては極めて負担が大きいので、親戚などから借金をして入学する者、送り出し機関に用立ててもらい仕事に就いてから返金する者も少なくない。中には悪質なブローカーも存在するとのことだ。 入学後は、月曜日―金曜日が授業日で、8時から16時15分まで休憩を挟みながら1日に5コマの授業(各60分)と1コマのテスト(45分)がある。土曜日は復習に当てられ、日曜日が休日である。日本語能力検定4級(以下N4)が最低限の必要条件であるため、N4取得を目指す研修生は4~6ヶ月かけて、日本語の文法、聴解、読解、文字・漢字、語彙・発音、会話、作文、日本文化についての授業を受講する。「日本語、日本文化、日本における生活知識」に関する授業は、一律に649時間であるが、「介護」に関する授業は、技能実習生の場合は312時間、特定技能生の場合は500時間である。いくつかの送り出し機関では、初期のEPA介護福祉士候補者が指導をしていた。また、いずれも「老人ホームでの研修」が468時間必要であるが、それぞれ看護専門学校卒業生は、免除されている(看護学校卒業生が学んだのは看護であって、介護ではないのだが)。 研修内容を時間割をもとに計算すると、「文法」に最も多い時間が費やされており、40%である。ついで、「聴解」に16%、「読解」に12%、「語彙・発音」「文字・漢字」にそれぞれ8%、「漢字」「作文」「会話」「日本の文化」にそれぞれ4%となっている。訪日前研修における日本語の授業風景 N4合格を前提としているため、入国前に4~6ヶ月行われる日本語授業は、もっぱら日本語能力検定対策となる。検定で問われる知識と実践的会話能力は大きく異なるため、たとえN4に合格したとしても、仕事をする上ではあまり役に立たない。 日本語の授業で用いられる教科書は『みんなの日本語』(スリーエーネットワーク)、その他の副読本、日本文化や日本事情については『日本の生活指導』(Endah Herawaty/JIAEC)等のテキストが用いられている。日本についての知識を各機関の研修生に尋ねると、大抵はこれらのテキスト内で紹介されている内容が返ってくる。「日本には美しい四季があります」「日本人は時間に正確です」「日本人は勤勉です」などである。インドネシアには雨季と乾季はあるが、1年を通じて気温はあまり変わらず「衣替え」の概念がない。テキストには四季に必要な衣服についても説明がある。また「ゴミの分別」方法も重要な習得事項である。用いられるテキストの一例 授業を通して日本語、日本文化を学ぶだけでなく、寮生活の中で日本事情を学んでいく。それぞれの送り出し機関が、研修生たちが日本語や日本への理解が深まるようさまざまな工夫をしている。早朝の時間帯に起きてラジオ体操などの運動をし、身繕いをし、揃って食事をし、受講し、機関によってはクラブ活動に参加する。毎日、時間を意識した規則正しい生活を送ることになる。寮での食事は、寮生たち自身によって用意され、皆、同じ食事を摂る。食事の用意は当番制である。時間を守ることだけでなく、共同作業に慣れさせるという目的がある。機関の中には介護以外の業種に就く研修生もおり、漁業や農業、工場などで働く場合には、同調性が求められるからであろう。 設立や運営に日本人が関わる送り出し機関においては、挨拶といわゆる報連相の徹底が行われていた。教職員にだけでなく、外部からの訪問者にも、顔を合わせるたびに立ち止まり、大きな声で挨拶をする。制服を着用し、機関によっては男子の髪形は丸刈りであり、現代の日本人には、すでに失われてしまったかつての日本式、あるいは軍隊式ともいうべき規律正しさが感じられる。厳しく規範を教え込むことについては、「彼らが日本に行って驚いたり、困ったりしないように」との説明があった。 研修を実施する指導者は、大学等で日本語を専門的に学んだ者、かつての介護福祉士候補者、日本への留学や介護職を含めた就労経験のある者、両親のいずれかが日本人であり日本語に堪能な者、在インドネシア日本人が中心となっている。日本語教育の専門的知識を持つ指導者は少ない。時には誤った日本語、古い情報が伝えられる場合もある。 先述のように、日本語会話を学ぶ時間は研修全体のわずか4%で、一方的に自己紹介はできるようになっても質疑応答への対応は困難である。ある送り出し機関では、日本人ボランティアがオンラインで研修生らと自由に会話をするフリートークルームを設定するなどし
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