GLOCAL 2025 Vol.25(Special edition)
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教員の研究紹介教員の研究紹介教員の研究紹介教員の研究紹介46国際人間学研究科 歴史学・地理学専攻 准教授安本 晋也(YASUMOTO Shinya)英国イーストアングリア大学環境学研究科Ph.D.課程修了。Ph.D.(環境学)。専門はGIS(地理情報システム)を用いた人文地理学・環境学の研究。近年ではGISを用いた脱炭素社会実現に向けての関連研究や、環境の健康影響の研究を行っている。近隣環境による健康影響を分析する 縦軸は郵送質問紙調査の回答者のうち、町丁字ごとに主観的健康観が高いと回答した者の割合を示している。主観的健康観とは現在の自分自身の健康状態を自己評価した指標で、質問紙調査を通じて得ることができる健康指標である。主観的健康観が低い場合、実際に健康水準が低く、死亡リスクが高いことが過去研究によって示されている(6)。 そして図1の実線の線グラフは郵送質問紙調査における質問によって近隣がオープンスペースの近接性に恵まれていると感じているグループを指し、一方で点線の線グラフは恵まれていないと考えているグループを指す。図1が示すことは、地理的剥奪指標が高い地域(すなわち、地域レベルの貧困度が高い地域)の居住者は、オープンスペースへの近接性に恵まれていないと感じている場合に、そうでない場合と比べて主観的健康観が低い傾向があるという点である。他方、地理的剥奪指標1.近隣環境の健康影響 居住地の近隣環境が人々の健康に重要な影響を与えることは、これまでの研究蓄積から明らかになっている。Laaidi et al.(2012)は、2003年に熱波が起きたパリを対象に、その暑熱環境を人工衛星からのリモートセンシングで捉えた地表面温度の分布データを用いて把握した。そして表面温度で表される暑熱暴露量が、居住者の死亡との間に統計的な関連性があったことを見出した(1)。またVos et al. (2022)は、近隣に緑地が多いと居住者の心理的ストレスを減少させる効果があることを示した(2)。 日本においても注目されている、スーパーマーケット等の生鮮食料品店が近隣にない状況を指すフードデザート(食の砂漠)問題も、近隣環境の健康影響に関する問題の1つとして捉えることができる。日本ではフードデザート問題が起きている地域では居住者の食糧事情の悪化が懸念されており(3)、米国やオーストラリアでは生鮮食料品店が少なくなった地域にファーストフード店が集積し、近隣の居住者に対して肥満などの問題を引き起こしていると指摘されている(4)。2. 格差の観点からみる近隣環境の分析 人の健康水準を決めるものは近隣環境の質だけではなく、性別や年齢、収入、ライフスタイル等、他の様々な要因も影響している。特に高齢者や貧困層等、社会的弱者に位置付けられる人々は環境による健康影響を受けやすいといわれており、この点についても研究が進められている。 筆者らの大阪府を対象にした郵送質問紙調査による分析では(5)、地域レベルの貧困度が高い地域に住む居住者ほど、近くに都市公園等のオープンスペースがないと感じる近隣環境に対して脆弱であることが示された。図1の横軸は大阪府の町丁字ごとの地理的剥奪指標(地域レベルの貧困指標)を表している。この指標は2010年の国勢調査をもとに、地域の貧困度と関連する8つの指標(高齢単身世帯割合、高齢夫婦世帯割合、母子世帯割合など)を算出し、これらの指標に貧困世帯を推計する個票データ分析により得られた重み付け係数をかけ合わせ、合成することで作成した。地理的剥奪指標の値が高い町丁字ほど地域レベルの貧困度が高いことを示しており、これを四分位に分類した。図1  主観的健康観と地理的剥奪指標(地域レベルの貧困度)との間の関係安本・中谷(2022)p456第2図を編集して引用 剥奪1st:地理的剥奪指標の値が最も低い四分位 剥奪4th :地理的剥奪指標の値が最も大きい四分位

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