GLOCAL 2025 Vol.25(Special edition)
51/67
2025 Vol.252025 Vol.252025 Vol.2549 死因について、Ⅰ期の文献では、ヘビを用いて自害したとされ、Ⅱ期の文献では、コブラかクスリヘビか、胸か腕かを噛ませて自害したと記される。Ⅲ期の文献では、これまでの説に異を唱え、ヘビの特性と彼女の性格を背景に、ヘビではないが、毒を用いたと見方が変わった。 これら一連の評価は、ローマやギリシアの歴史家、詩人の著述を基にしており、どの資料を用いるかで彼女の人物像が変わり、かつ同時代の資料が乏しいため、推測による記述が多い。今後の展望 まずは、こうした記述の基になった原資料を読み込み、研究の糸口を探りたい。またクレオパトラ7世のみに注目するのではなく、当時の時代背景やエジプト・ローマの政治社会状況において、プトレマイオス王朝の他の高位女性がどう表現されていたのかという点につき、資料の特性なども考慮しながら検討し、クレオパトラ7世と比較していく。 なお、クレオパトラ7世はギリシア・ローマ世界で人気を博したイシス女神に例えられることも多く、女神に関する記述の特徴が影響を与えていた可能性もある。そこで従来の研究では欠落していた同時代資料について、イシス女神からのアプローチも試みていきたい。参考文献仁木めぐみ(訳)2011.『クレオパトラ(Schiff, S. 2011. Cleopatra: A life. Back Bay Books.)』早川書房.Jones, P. 2006. Cleopatra: A Sourcebook. University of Oklahoma Press: Norman.はじめに 古代エジプト文明最後の王であるクレオパトラ7世については、さまざまな見解が存在する。悪女、世界三大美女、策略家、聡明な女性、など、彼女の人物像についてはこれまで多く語られてきたが、未だ解明されていない。そこで学部卒業論文では、彼女の政治的手腕、容姿、カエサルとの関係、アントニウスとの関係、死因の5つの項目を1970年代~1990年代、2000年代、2010年代~現在(以下、順にⅠ期、Ⅱ期、Ⅲ期と記す)に出版された邦語文献(海外の代表的な文献を翻訳したもの)においてどのように論じられてきたかを確認し、調査や研究の進展がクレオパトラ7世像の変遷に与えた影響を探った上で、今後の研究の方向性について論じた。クレオパトラ7世の人生 前69年にプトレマイオス12世の第二子又は、第三子として生まれ、プトレマイオス12世の死後、前51年には弟のプトレマイオス13世と共にエジプトの共同統治者となった。前48年にカエサルの協力を得て、プトレマイオス13世と対戦したアレクサンドリア戦争に勝利。前47年にはカエサルとの子、カエサリオンを出産する。カエサルの死後は再びローマと関係を築くため、前37年にアントニウスと結婚。その後、前31年にはアクティウムの海戦でオクタヴィアヌス率いるローマと戦うが、敗北。前30年に39歳で自害し、人生の幕を閉じた。邦語文献から見るクレオパトラ7世像の変遷 政治的手腕について、Ⅰ期の文献では、対ローマの外交政策についての記述が多い。Ⅱ期の文献では、前王プトレマイオス12世と比較され、内政についての内容が増加する。Ⅲ期の文献では、ローマの2人の有力者との間に子供を作ったという事実に焦点があてられ、「性」を利用したとする記述が見られる。 容姿について、Ⅰ期の文献では、彼女は必ずしも美人ではなかったとされる。Ⅱ期の文献では、コインや胸像で当時の一般的なギリシア人と比較し、具体的な顔や体のパーツについて記述された。Ⅲ期の文献では、プルタルコスの言葉から、魅力は容姿ではなく、内面にあったとする記述が増える。 カエサルとの関係について、Ⅰ期の文献では、政治的な目的から始まり、後に愛情が芽生えたとされるが、Ⅱ期の文献では、カエサリオンの誕生により、性的な関係が強いとしている。Ⅲ期の文献では、これまで参照されてきた文献がクレオパトラ7世と同世代の作ではないことから、政治的なものか、愛情があったのか意見が分かれるようになった。 アントニウスとの関係について、Ⅰ期の文献では、政治的に必要不可欠な存在だったとされるが、Ⅱ期の文献では、クレオパトラ7世は政治上の目的だったのに対し、アントニウスは性的な遊びであったと記述が変化する。Ⅲ期の文献では、クレオパトラが嘘の伝言をし、アントニウスを自殺に追い込んだことから、最終的に足手まといになったことが挙げられている。邦語文献から見るクレオパトラ7世像の変遷と今後の研究について国際人間学研究科 国際関係学専攻 博士前期課程1年野﨑 日向歩(NOZAKI Hinaho)2002年愛知県生まれ。2024年3月に中部大学国際関係学部国際学科を卒業。同年4月に中部大学大学院国際人間学研究科国際関係学専攻に入学。現在、悪女のイメージが強いとされるクレオパトラ7世の人物像について研究を進めている。
元のページ
../index.html#51