GLOCAL 2025 Vol.25(Special edition)
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2025 Vol.252025 Vol.252025 Vol.2551ブ分析に関する質的研究の要素が明らかになった。医療者のナラティブ・アプローチの特徴 医療系分野におけるナラティブ分析研究(質的研究)のほとんどは物語内容の概念の抽出と、それらのカテゴリー化を手段としており、断片的言説のデータ化、分類、テーマの提示という一連のプロセスに特徴を見出すことができる。そこでは物語はデータとして扱われ、そのデータの単位はコード化され、またカテゴリー化され、物語の連続性や患者個人の差異に対する視座が欠如する傾向があることがわかった。 今後、上記の結果を踏まえ、語り手と視点、語り手、あるいは登場人物の語り方、時間、物語の背景、テクストのテーマといったポイントを押さえたうえで医療者教育を目的としたナラティブ・メディスンのための文学作品精読を実践するための教案の提示を行う。引用文献Charon, R.(2006).Narrative medicine, honoring the stories of illness. New York: Oxford University Press.Frank, A.(1995, 2013).The wounded storyteller. Chicago: The University of Chicago Press.Montgomery-Hunter, K.(1991).Doctors’ stories: the narrative structure of medical knowledge. Princeton, NJ: Princeton University Press.異なる分野における「ナラティブ(物語)」の捉え方 物語論とは文学における用語・理論であるが、医療系分野における「物語(ナラティブ)」という用語の扱い方、対象は文学のそれとは異なるとナラティブ・メディスンの提唱である米国コロンビア大学医学部のCharon(2006)は述べている。ではどのように異なるのか。本研究では「物語」という概念の発祥分野である文学の物語論の視点から医療系分野の物語を捉えた場合、どのような特徴が浮かび上がるのかを明らかにすることを目的にする。研究のプロセス 医療系分野において「ナラティブ論」と称される論考が現れるのは1990年前後のナラティヴ・ターンと呼ばれる学術的転回期である。 まず先行研究であるこの時期に発表された論考を取り上げ、ナラティブ・メディスンの誕生に影響を与えたと考えられる学術的な医療にかかわるナラティブ論を精査する。 それらの研究を踏まえ、主にナラティブ・メディスンの誕生以降の医療者が扱うナラティブの分析事例を取り上げ、医療系分野の専門家がどのように物語と対峙し、どのように分析しているのか、その傾向について明らかにする。ナラティブ・メディスンのテクスト Montgomery-Hunter(1991)は患者との関係性において医師の立場を「患者というテクストを読むための高度な訓練を積んだ批判的な読者」であると表現するに至っている。それに対する患者の立場はと言えば「医師によって吟味され、研究され、理解されるべきテクスト」である。批評の知識と技術を持った読み手である医師/医療者が向き合う「患者というテクスト」によって紡ぎ出されるのが「患者の物語」であり、この論はナラティブ・メディスンへと引き継がれていると言える。 また、Frank(1995)が論じる「病いの物語」は身体を通じて語られる「身体化された物語」である。身体を物語の「原因であり主題、手段である」と定義づけ、傷病によって変化してしまった身体に与えられた声をテクストと捉えている。医療者が扱うナラティブ事例 医療系分野におけるナラティブ研究は、研究デザインとしては質的研究アプローチに分類され、またアプローチ方法に関しても各種カテゴライズされている。 その中で患者の物語として「ナラティブ」の分析を標榜している研究事例を本研究の対象とした。分析アプローチ方法として、質的記述的研究、グランデッド・セオリー、科学的現象学的方法を始めとする6種のアプローチについて、それぞれのナラティブ・アプローチ法を「研究デザイン」として明記した研究事例を医療分野系論文データベースから抽出し、物語論の視点を基に検証を行った。 その結果、医療系分野に特徴的なナラティナラティブ・メディスンにおける医療の物語―そのテクスト・アプローチの特徴とは―国際人間学研究科 言語文化専攻 博士後期課程3年原 由美子(HARA Yumiko)愛知教育大学大学院教育学研究科英語教育専攻課程修了(教育学修士)。修了後は英語圏文学文化研究、主にアイルランド文芸復興時のアングロ=アイリッシュ文学を対象とした研究を行う。近年はコメディカルの専攻学生に向けた英語学習教材の開発に従事。

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