GLOCAL 2025 Vol26
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2025 Vol.262025 Vol.262025 Vol.263会正義のビジョンを制度化しようとする領域である」(2000, p. 11, 筆者翻訳)とし、教科書は、特定の集団の歴史や文化を学ぶことを正当化するオフィシャル・ノレッジ(公的知識)の例であるとする。 オフィシャル・ノレッジの枠組みの中で、調査結果の考察を試みると、募金活動は、生徒たちが教科書に書かれていた国際協力のテクスト(オフィシャル・ノレッジ)を学び、それを具現化したものと言えるのではなかろうか。生徒たちは、国際活動として、募金を「正しい」「標準的」な活動と理解する一方で、教科書等に書かれていない内容(即ち、在日外国人に対する支援)は、授業を通して学ぶことはない。だからこそ、教科書の中に、在日外国人に関する内容を増やし、オフィシャル・ノレッジとし、学ぶ機会を設けることが求められる。 本研究では、社会と英語の教科書と『心のノート』の中で、国際協力の記述に関して4つの特徴を明らかにした。その一方で、中学生当事者が募金を選ぶ傾向が強く、外国人住民に対する活動案が出なかった理由について、教科書等の内容分析だけでは、データが不十分であることも露呈した。聞き取り調査で、中学生当事者の国際協力に対する考えを聞きその分析を追加することで、包括的な考察ができたのではないかと考える。今後の課題としたい。また、2025年度使用の中学校教科書と、同じテーマで記述や内容の比較分析を実施し、更に追究していきたい。引用文献Apple, M. W. (2000). Official knowledge: Democratic education in a conservative age. (2nd ed.). New York: Routledge.政府統計の総合窓口e-Stat(2009).「在留外国人統計(旧登録外国人統計)登録外国人統計 国籍(出身地)別在留資格(在留目的)別外国人登録者(表番号 99―01)」、https://www.e-stat.go.jp/dbview? sid=0003147180〈2025年8月27日アクセス〉Tsuneyoshi, R. (2007). The portrayal of “foreigners” in Japanese social studies textbooks: Self-images of mono-ethnic pluralism. Educational Studies in Japan: International Yearbook, 2, (Dec.), 31―44. https://doi.org/10.7571/esjkyoiku.2.31早川昌志・早川卓志(2023).「4つの共生論:共生を『ともいき』『シンバイオーシス』『エコシステム』『インクルージョン』の4つの視点から整理する」『未来共創』10、75―131.https://doi.org/10.50829/miraikyoso.10.0_75文部科学省(2009)「心のノート 中学校」(改訂版)、https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/doutoku/detail/1302318.htm〈2025年8月27日アクセス〉り、笑顔で上を見上げる姿を上から撮った写真があるが、全員が日本人と思われる。『心のノート』が発行された2009年当時、日本に長期滞在する外国人は、2,186,121人で、国籍・地域別の上位3か国は、中国、韓国・朝鮮、ブラジルの順だった(政府統計の総合窓口e-stat, 2009)。特に東アジア人は見分けがつけにくく、22名の中に中国人や韓国・朝鮮人がいる可能性は否定できない。しかし、日本が多民族国家であることを意図的に示す場合、上述の琉球民族やアイヌ民族、在日外国人やその子孫と識別できる人物が載っていても不思議ではない。そのような民族的多様性を示す写真や記述は、日本の場面では、他のページにおいても見当たらない。Tsuneyoshi(2007)は、2000年と2006年の小学校社会科の検定教科書の分析を行い、3~5年生の教科書の画像には、男子、女子、様々な年齢の日本人が登場するが、日本に永住する外国人の画像がないことを指摘している。 一方、場面設定が世界になると、日本人と共に外国人も写真に登場する。例えば、大見出し「世界の平和と人類の幸福を考える 私たちにできることを考えてみる」(pp. 128―129)には「国境をこえ、世界の国々で世界の人々に貢献する日本人がいる」(p. 128)と書かれている。青年海外協力隊やNPO・NGOのボランティア活動の紹介があり、「自分たちだけがよければいい、という時代ではない」(p. 128)と締めくくってある。ここでも国際協力の必要性が述べられている。外国人住民に関する情報の不足 前述した社会の教科書の「身近な国際協力をしよう」(p. 156)には、中学生ができる国際協力の例がある。①外国への寄付(募金や未使用品の送付、資金集め活動)②途上国の製品を適正な価格で購入③留学生に対するボランティア活動の3つに分類できる。中高生が活動している写真の掲載もある。だが、③の対象は留学生であり、長期滞在または永住する外国人は想定されていない。この点は、小学校3~5年生の社会科教科書でTsuneyoshi(2007)が同様の指摘をしている。 では、調査対象の教科書に在日外国人の記述はないか、というとそうではない。社会の教科書の中見出し「多文化共生をめざして」(p. 17)には、「日本に長くくらしている韓国・朝鮮の人々に加えて、最近では、労働者としてラテン・アメリカやアジア出身の人々が特に増えています。国際化は、わたしたちの身のまわりで起こっているのです」(p. 17)と記載がある。 在日外国人に関連する写真も2枚ある。1枚目は「多文化・多民族と共生する街づくり(神戸市)」という説明文の写真で「神戸には歴史的に多くの外国人が住んでおり、市民とともにくらしています。写真はモスクを外国人と訪ねる市民の様子です」(p. 17)と書いてある。2枚目の写真は、「在日韓国・朝鮮人の児童と交流する日本の児童(大阪市)」(p. 17)という説明文とともに「旧正月にちなんで、民族独特の遊びを楽しみました」という説明文があり、チマチョゴリを着た子どもたちがボードゲームのような遊びをしている。 従って、社会の教科書に限定されるが、在日外国人の情報も載っている。ただし上述の抜粋が全てである。 4つの調査結果のうち、「国連活動への支持」は社会の教科書と『心のノート』、「共生の概念から、外国への国際協力の強調」は、社会と英語の教科書と『心のノート』にそれぞれ記載があることと比較すると、在日外国人に関する情報は、量も質も圧倒的に不足していると言わざるを得ない。おわりに 本稿の目的は、国際協力に関連する活動について、社会と英語の教科書と『心のノート』を分析し、中学生の多くが募金を選ぶ一方、地域に住む外国人に対する活動を選ばなかった理由を明らかにすることだった。その結果、4つのテーマが挙がった。 外国への国際協力は共生の概念から重要で、国連職員等日本人が世界で活躍する姿は、教科を超えて不可欠なテーマであった。一方、国内に目を向けると、道徳の写真には、学校や日常生活に外国人はおらず日本人のみの同質的なイメージが固定化されていた。唯一、社会の教科書の「多文化共生」の中で、在日外国人の存在に触れてはいるが、その情報は限定的だった。実際、在日外国人に対する活動は、中学生が参加できる身近な国際活動の例にはなかった。 批判的教育学のマイケル・アップル氏によると、教育は「本質的に政治的なものであり、さまざまな集団が自分たちの文化、歴史、社
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