GLOCAL 2025 Vol26
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4ロールシャッハ法は今後、衰退していくのだろうか非臨床群への活用に関する検討ちこたえなければならないと思う。臨床か研究か 人を理解しようとすればするほど、主観的な世界へと陥りがちとなるが、一方で研究という側面からすると、客観的で実証性を持った研究も同時に必要であると言える。世の中の潮流としてもそうだろう。 心理臨床の世界にいると、「臨床はするが研究はしない」という臨床家にかなりの数出会う。臨床活動で忙しいのもあるが、研究が臨床にどのように活かされるのか、わからないために研究を行わないという側面もあるだろう。 研究が臨床にどのように活かされるのか、という問いに答えるのは非常に難しいが、研究とは他者の目に自らが曝される行為であると思う。臨床は、ともすれば患者/クライエントとの二者関係に埋没しがちである。関係がうまくいっているときはよいのだが、何かまずいことが起きていたとしても、スーパーヴィジョンでも受けない限り気がつくことは難しい。他者の目が入るということは、批判され、自己愛が傷つくこともあるだろうが、その経験は自己愛を肥大化させず謙虚さを持った臨床家としてあるために活きてくると思われる。 「臨床か研究か」、といった二元論で語るのではなく、「臨床も研究も」行うことによって、患者/クライエントへ還元することができるのであろう。私が研究を行うのも、研究そのものを行いたいからなのではなく、臨床にその知見を活かしたいからである。それゆえ、実践の中で生じた疑問や困り感から研究が始ま人は人のことはわからない 心理学は、人が発生させる目に見えない現象を理解しようとするための学問である。その中でも臨床心理学は、患者/クライエントの内にある病める心に寄り添い、その生き方を理解していくことを目的としている。 しかしながら、どれほど患者/クライエントのことを理解しようと思っても、それは非常に困難でむしろ不可能な道のりであると言わざるを得ない。いくら心理臨床の大家と呼ばれる人であっても、研究者として際立った成果をあげている人であっても同じであると思う。どんな方法論を取ったとしても、結局、人は人のことはわからないし、自分のこともわからない。だからこそ知りたいと思うのだろう。 小児科医で精神分析家でもあったWinnicott(1958)が述べた「ほどよい母親good enough mother」というあり方に示されるように、完璧に赤ん坊(患者/クライエント)を理解することは難しく、時折、彼らからの要請に応えることに臨床家は失敗する。 私は、直感的に人の気持ちを理解することが頗る苦手であり、それゆえに人の気持ちやその人の生き方について何とか理解したいと思うことも多かった。臨床心理士養成課程の大学院生時代から、患者/クライエントと心理療法の場で出会っても彼らを理解しそこなうことばかりで、ほとほと人を理解することの難しさを痛感してきた。人が人を理解しようとする営み とかく臨床心理学は、人の心という目に見えない現象を扱うがゆえに、その客観性・実証性についてしばしば疑いの目を向けられる。私が臨床で考え方のベースとしている力動的心理療法ないし精神分析的心理療法は、治療者/セラピスト側の心を使って理解をするという非常に客観性に乏しい方法論である。 そのような教育を受けてきたためか、あるいは私のパーソナリティのためか、客観性や実証性よりも、個別具体性・物語性といった研究に注意・関心がどうしても向いてしまう。 私は、幸いにもいくつかの臨床領域で貴重な実践の経験を持つことができた。1つには医療領域で、なんらかの精神・身体症状を呈する患者に対する心理検査や心理療法の経験である。また1つには、学生相談臨床の経験である。こういった経験をいくつかの事例論文として提出し、博士論文として上梓をした。 しかしながら、少しばかり臨床経験を積んでも、事例研究としてそれなりに考察を施しても、患者/クライエントのことを本質的に理解できる感覚は抱くことができなかった。また、事例研究は実践の方法論が異なる臨床家にはほとんどその意味するところが伝わらないことを何度も体験することになった。 人が人を理解しようとする営みは、逆説的に人を理解できないことに直面する苦しい営みではある。しかし、理解できなかったとしても、理解しようとする試みこそが、患者/クライエントの心の痛みの最も深い部分に近接することができる方法であろう。それゆえ、患者/クライエントに対し、安直なタイプ論で決めつけない姿勢を治療者/セラピストは持ち続けて、簡単に理解してしまいたい誘惑に持国際人間学研究科 心理学専攻 講師元木 幸恵(MOTOKI Sachie)京都大学大学院教育学研究科臨床教育学専攻博士後期課程満期退学。博士(教育学)。専門分野は臨床心理学。臨床心理士・公認心理師。心理検査、特に投映法の中でもロールシャッハ法を用いた心理的なアセスメントに関心がある。最近は、検査対象者を臨床的に問題がないと考えられる人々(非臨床群)に広げ、ロールシャッハ法とそのフィードバックの体験によって、ポジティブな心理的効果がもたらされることを実証的に示す研究を行っている。

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