GLOCAL 2025 Vol26
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2025 Vol.262025 Vol.262025 Vol.265る。体系だった研究とはとても言えないが、実務家教員の端くれとして、そのような立場が変わることはないだろう。臨床と研究の交点としての ロールシャッハ法 臨床実践の中で、患者/クライエントを理解するためのツールとして、心理検査がある。心理検査にはいくつかの種類があり、代表的なもので言えば知能検査や作業検査、パーソナリティ検査がある。それぞれ、患者/クライエントと会っているだけではわからない側面について数値など、目で見える形で共有することができる。 その中でも、ロールシャッハ法は賛否両論、議論を巻き起こしやすい心理検査の代表格である。ロールシャッハ法とは、インクをたらして偶然に出来た10枚の図版を用いたパーソナリティ検査である。図版がどのように見えるかによって、知覚の特性や対人関係のあり方、コミュニケーションのスタイルといった多面的な情報が得られる。 ロールシャッハ法では、被検者の反応をスコアリングし、それを数値化したり反応の流れを見たりする(継起分析)ことによってパーソナリティを推定するのであるが、非常に主観的であると一部で強い批判を受けている。加えて、その習熟には非常に時間がかかり、労力の大きい検査であることから使いこなせる人も少ない。小川・岩佐・李・今野・大久保(2011)の調査研究で明らかなように、ロールシャッハ法は臨床現場で使用頻度が下がっている。コストのかかる検査である割に、わかることが少ないと思われているのである。 しかし、ロールシャッハ法は被検者に対する非常に豊かな情報を与えてくれる。また、患者/クライエントもその情報について検査者とやり取りをする(フィードバック)ことで、自らの抱える問題に自覚的になり、自分自身についてもっと知りたいと思うようになるだろう。それは、2人の人(患者/クライエントと治療者/セラピスト)が人(患者/クライエント)のことをわかろうとする体験を創造する営みであり、人生の中で滅多にない出会いである。 ロールシャッハ法とそのフィードバックがもたらす情報は豊富である。そのことをもっと世に広めたい、というのが現在まで研究の動機となっている。ロールシャッハ法の活用領域 ロールシャッハ法は、病院やクリニックなど、医療の分野で使用されることが多い。厚生労働省が毎年行っている「社会医療診療行為別統計」において、「知能・発達検査」の実施件数は年々増加傾向にあるが、ロールシャッハ法を含む「人格検査」はさほど増えてはいっていない。医療領域において相対的にロールシャッハ法の使用率は下がっていると言える。 日本ロールシャッハ学会の倫理綱領では、その前文において「常に自らの専門的な心理検査の実践業務及びその研究が人々の生活に重大な影響を与えるものであるという社会的責任を自覚」することが求められている。この社会的責任のために、みだりにロールシャッハ法を施行することは現に戒められている。黎明期には、急にロールシャッハ法を施行するようなこともあったようである(河合,1995)。 私も基本的にはそのような倫理綱領は守るべきであると思ってはいる。しかし、ロールシャッハ法に関する守秘義務、秘密保持義務によって、非常に限られた臨床領域でのみロールシャッハ法を実施すべきである、という解釈をするのは、ロールシャッハ法が今後、衰退していくことにつながる極端な話なのではないかと思う。ロールシャッハ法は、ロールシャッカーと呼ばれる一部の使い手には好んで使われるものの、先に述べたような習熟の困難さやコストの面から、これからますます使用率が低下していくことは想像に難くない。ロールシャッハ法の習得には職人技の側面がある以上、もう少し実践領域のすそ野を広げなければ、ロールシャッハ法に興味を持つ若手も減っていってしまうのではないだろうか。 そうであるならば、医療領域以外、すなわち臨床的に問題がないと考えられる人たちにロールシャッハ法を施行することの意味を見いだせれば、ロールシャッハ法を使用する人も増え、発展していく未来があるのかもしれない。実証的な研究に向けて 上記の考えは、現状ではただの机上の空論である。臨床的な感覚としては、一般の人がロールシャッハ法を受検し、そのフィードバックを受けることによって、①自己理解が促進される②他者から深い理解を得られたことで漠然とした不安が軽減する③自らの問題に自覚的になることで行動変容などポジティブな動きが活性化される、といったいくつかの効果が得られることが期待できるのではないかと考えている。 精神症状を呈さない非臨床群に対しては、別の心理検査を用いた活用事例が見られる(伊藤,2012など)。管理職の登用や新卒採用に関するアセスメントとして、心理検査の一種であるSCT(Sentence Completion Test)が用いられている。ロールシャッハ法を非臨床群へ用いた事例は、本邦ではほとんど見られないが、諸外国では一部で使用実績がある(Del Giudice, & Brabender,2012など)。こういった先行研究における活用事例では、検査の結果が一方向的な評価・判定に用いられている。結果のフィードバックを受けて何かしらの影響があったかについては、検討がなされていない。 非臨床群の被検者に何らかの影響が生じることを示すためには数百人~千人単位の調査参加者が必要である。ロールシャッハ法の研究では、検査者・被検者の負担から、いくつかの研究を除いては大規模研究が行われてきていないのが現状である。 また、ロールシャッハ法とフィードバックが与える影響の中身については、これから臨床現場での実践経験をさらに積むことによっても検討されなければならない。非臨床群での先行研究が世界的に見ても多いとは言えない中で、多面的にその影響については考慮する必要がある。今後、さらに検討していきたい。引用文献Del Giudice, J. & Brabender, M. (2012).Rorschach assessment of leadership traits in college student leaders. Comprehensive Psychology, 1, 9―11.伊藤隆一(2012).SCT(精研式 文章完成法テスト)活用ガイド 産業・心理臨床・福祉・教育の包括的手引.金子書房.河合隼雄(1995).臨床場面におけるロールシャッハ法.岩崎学術出版社.小川俊樹・岩佐和典・李貞美・今野仁博・大久保智紗(2011).心理臨床に必要な心理査定教育に関する研究.研究助成報告書.Winnicott, D. W. (1958). The Capacity to be Alone. In: The Maturational Processes and the Facilitating Environment. London: Hogarth Press, pp. 29―36. (ウィニコット D.W. 牛島定信(訳)(1977).一人でいられる能力 情緒発達の精神分析理論 岩崎学術出版社 pp. 21―31.)

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