GLOCAL2026 Vol27
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一冒Profile 国際人間学研究科言語文化専攻教授愛知峰子(AIC日IMineko) 名古屋大学大学院文学研究科国文学専攻博士課程後期課程単位取得退学文学修士。専門分野は日本近代文学、とくに明治前期の文学に関心があり、主たる研究対象は樋ロ一葉の文学である。一葉の「真情描写」「社会的貢献」の志向に注目し、和歌的表現を手掛かりに作品を読み解くことを試みた。著書に「樋ロ一葉真情をみつめてj(おうふう、2010)、論文に「一葉・恋歌から恋愛小説へ」(2003)「「大つごもり』の罪と罰J(2006)など。樋ロ一葉文学の世界M罰l.はじめに晩年の一葉と交流した人々は多いが、「日本の下層社会」の筆者横山源之助もその一人である。横山は一葉宅で話し込んで戻ると、真夜中になって一葉に次のような手紙を書いた。人生茫々前途は如何遊候やらむと窃に心配申候(中略)当分確実なる見込つき候まで文学者生活御忍耐如何に候やおん談れをうけて、読者を感化するような、「真清」の中ホノメキ候もの看取せられ候故強てを描写した作品を書きたいと希った。此事申上げ候(明治29年2月29日付)そうした歌論をそれなりに他の文学領域でー葉が亡くなる八か月ほど前のことである。も応用する方向は、西洋の文学観などとも結横山は彼女が語る中に「ホノメキ候もの」をびつけられ、当時の文壇の一つの趨勢でもあっ聞き取り、それは「当分確実なる見込つき候た。坪内逍逢も「小説神髄」(明治78年)にまで」待つようにと記す。一葉は何を考え、語っおいて、次のように小説論を展開している。たのだろうか。模写小説(アヽチスチック。ノベル)ハ(中略)誓バ詩人が詩歌をものして真景を写し真胄をはき画工が丹青をもて花鳥山水を描き彫像師が録をもて人またハ獣の形を彫れるが如く専ら真に逼るを主として(中略)人情世態を穿てるものなりー葉も「文学界」同人との交友などを通して閻接的にではあるが西洋近代思想にも触れながら、歌論に基づく文学思想によって創作に取り組んだと考えられる。もっとも、旧派和歌では、旧態依然として世俗的感覚を離れた温雅な歌風を重んじていた。他方、一葉は、あとで触れるように下層社会での生活も経験した。そのため、おそらく、そうした旧派和歌とはそれなりに異なる独自の内容を「真情」と捉え2.「真情」を描写するー葉は、小説を書くことについて、次のように書き残している。我れ筆とるといふ名ある上はいかて大方のよの人のこと一たひ読ミされは屑籠に投けいらる汎うのハ得かくまし人情浮薄にて今日喜はる注もの明日は捨らる辺のよといへとも真情に訴へ真情をうつさは一葉の戯著といふともなとかは値のあらさるへき(「森のした卿ー」明治25年春)作品に「真情」を描写したいと希い、創作に取り組む志を次のように記した。かすか成といへとも人の一心を備へたるものか我身一代の諸欲を残りなくこれになけ入れて死生いとはす天地の法にしたかひて働かんとする時大丈夫も愚人も男も女も何のけちめか有るへき(中略)わが心はすてに天地とひとつに成ぬわかこ之ろさしは国家の大本にあり(「薦中につ記」明治27年3月)このように「真情」描写や社会的貢献を志す背景には旧派和歌の歌論があったと考えられる。一葉は14歳で中島歌子の歌塾「萩の舎」に入門し旧派和歌を学んだ。その歌論には「真愉」をありのままに歌に詠み、そうした歌によって人々を感化すること、それは社会や政治にもつながるという思想があった。彼女は、そたであろう。3.貧者の苦悩を捉えるー葉は、貧苦のうちに天折した作家として知られる。兄に続いて父を亡くし、母、妹とともに女3人が残された。一家はたちまち没落して生活苦に陥った。収入を得るため、一葉は塾の先輩のひそみに倣い小説を書くことにする。だが、借金に追われ、わすかな原穂料では経済的困窮は増すばかりだった。加えて著作も滞りがちになり、別の収入源として商いを思い立つ。明治26年、貧困層の人々が暮らす下谷竜泉寺町大音寺酌、吉原遊郭近くで駄菓子屋を開いた。ー葉女史たけくらべ記念碑台東区周知のように、日本の近代化、資本主義化は、日清戦争前後に本格化するが、それに伴う貧困層の増大は社会問題となり、貧民救済の必要性なども説かれ始める。「再暗黒之東京」(松原岩五郎)の「国民新聞」連載開始は明治25年のことである。一葉は、まさに、そうした時期に下層社会に暮らした。ここでの生活が、一葉に貧者の「真情」をみつめさせたはすである。一年が過ぎるころ、一葉は「おもひたつことあり」と日記に記して店を閉じ、再び、しかも一段と精力的に著作に取り組み始めた。ます、「琴の音」において、松風に琴の音を配する和歌の伝統的イメージを背景に、貧しい少年の非行化と更正とを描いた。少年が盗賊になったのは彼の性情の所為ではなく、周囲の白眼視やラベリングなど、その境遇に2
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