中部大学教育研究24
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1はじめに本稿ではリベラルアーツを「人間を種々の制約から解き放って自由にするための知識や技能」(石井,2020,p.24)と定義する。石井(2020)は現代に生きる我々が囚われ得る4つの限界、すなわち知識、経験、思考、視野の限界について説いた上で、その種々の制約に気づかせ、そこからの解放を目指す「創造的リベラルアーツ」を提案している。その理念を大学教育において実現すべく2021年4月に設立されたのが中部大学の創造的リベラルアーツセンターである。リベラルアーツの名を冠する組織をもつ大学は少なくないが、このセンターの稀有な特徴は大学における「授業」としてリベラルアーツ教育を実施している点にある。理念に共感する教員が文系・理系の枠を超えて集い、「リベラルアーツ課題演習」という授業の中で学生に日々対峙し、授業のあり方を模索している。しかし、実際の授業の様子を報告した論考は限られている。例外として東京大学教養学部での実践をまとめた石井・藤垣(2016,2019)や、中部大学や明治学院大学での優れた授業実践を紹介した鈴木(2021a,2021b,2022)などはあるものの、リベラルアーツという概念にそれほどなじみのなかった教師がどのような過程を経て授業内容を模索してきたのか、その長期的な過程を綴った実践報告は多くはない。限界からの解放を目指す創造的リベラルアーツの理念の実現に向けて、授業の場で教師が学習者(以降、学生とする)に対して「自由になれ」と唱えることには当然ながら意味はない。むしろ学生が自ら自由になる、あるいは自由になるための態度を身につけるための場を提供することが求められる。そのためには実際の授業において、彼ら・彼女らが身の回りの事象を当然視することなく、自身の問題意識や興味・関心にもとづいて何らかの「問い」をもち、それについて他者と対話することで自分の置かれた境遇を理解する、そのための仕組み作りが必要である。本稿では上記のような問題意識から、特にリベラルアーツ教育における「問い」に焦点をあてて、筆者である寺井と加藤が共同で行った中部大学での3年間の授業の軌跡を記すことでリベラルアーツ授業における成果と課題を整理する。2リベラルアーツ授業の概要本稿で報告する「リベラルアーツ課題演習(言語と教育)」の授業は、2024年度からの「リベラルアーツ―47―「問い」から始めるリベラルアーツの授業-3年間の授業実践を終えての成果と課題-寺井一*1・加藤由崇*2要旨本学では、2024年度より「リベラルアーツ課題演習」という科目が正式に開講された。この科目が設置される前の準備段階として、2021年度から3年間にわたり、複数の試行授業が実施されてきた。本稿では、筆者らが担当した「リベラルアーツ課題演習(言語と教育)」の授業実践の成果と課題について報告する。本授業の特徴は、受講者一人ひとりが言語と教育に関する「問い」を設定し、その問いを他者と共有しながら探究を進める点にある。このアプローチを採用した理由は、問いを言語化し、他者との対話を通じて自身の置かれた境遇を理解することが、リベラルアーツ教育の目標である「さまざまなものから自由になる」という理念に通じると考えたためである。授業は、問いの探究、ポスター発表、レポート執筆を中心に構成された。3年間の実践を通じて、問いを設定し探究するための知識をどのように身につけさせるか、また、他者との協働をどのように促すかといった課題に気づくことができた。キーワードリベラルアーツ、授業、問い、ポスター発表、レポート執筆*1人間力創成教育院語学教育プログラム教授*2中部大学非常勤講師/名古屋外国語大学外国語学部英米語学科准教授

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