2021年8月17日

  • 学術・研究

遺伝学的ツールの開発により効率的なゲノム編集マウスの作製に成功(岩田悟助教ら)

研究成果のポイント

  • 遺伝学的研究ツールのバランサー染色体マウスを開発
  • バランサー染色体マウスを用いて胚発生必須遺伝子の効率的なゲノム編集に成功
  • 機能未知の部分が多い胚発生必須遺伝子の解析に役立つと期待

概要

中部大学実験動物教育研究センターの岩田悟助教と生命健康学部 生命医科学科の岩本隆司教授(実験動物教育研究センター長)は、遺伝学的研究ツールに用いる遺伝的組換えを抑制できる染色体(バランサー染色体)を持つマウスを開発し、従来は作製が困難だった胚発生必須遺伝子がノックアウト(遺伝子破壊)されたマウスを効率的に作製することに成功した。

図1. 片側の染色体のみを狙ってゲノム編集する手法

ゲノム編集技術CRISPR/Cas9システム*1 は高い切断活性と標的特異性を有しており、ノックアウトマウスを作製する手法として広く利用される。しかしながら、その効率の高さ故に胚発生必須遺伝子だけを標的としたノックアウトマウスの作製は非常に困難である。そこで研究チームは、バランサー染色体マウスを作製し、一対の染色体のうち片側のみを特異的にゲノム編集する手法の開発を試みた(図1)。バランサー染色体とは、染色体逆位*2 を持つ人工染色体で、減数分裂時の遺伝的組換えを抑制する遺伝学的ツールとして知られる。
まず、全ゲノム解析によりC3H/HeJ (C3H) 近交系マウスの6番染色体に存在する染色体逆位In(6)1Jを塩基レベルで同定し、この逆位領域以外がC57BL/6N (B6) 近交系マウスに置き換わったB6.C3H-In(6)1J系統を作製した。B6.C3H-In(6)1J系統とB6系統を掛け合わせたF1胚を用いることで、逆位領域に相当するB6系統特異的な塩基配列を狙ったゲノム編集が可能となる。さらに、B6.C3H-In(6)1Jの逆位領域内に存在する毛色決定遺伝子Mitfを標的としたゲノム編集を行うことにより、PCRを行わずとも目視で遺伝子型を確認することを可能とした。

図2. 採卵・移植が不要な電気穿孔法 (i-GONAD法)

得られたバランサー染色体B6.C3H-In(6)1Jに対して採卵・移植が不要なエレクトロポレーション法(i-GONAD法*3 )用いてゲノム編集を行なった結果(図2)、劣性致死変異を有するTprkb遺伝子のノックアウト系統を得ることに初めて成功した。さらに、逆位領域内での遺伝的組換えが起こらないことを利用し、Tprkb変異が安定的にヘテロ接合体(相同遺伝子の片方のみが変異を有する個体)で維持されることも確認した。本手法により機能未知の部分が多い胚発生必須遺伝子の単離、解析に役立つと期待される。
本研究で開発したバランサー染色体B6.C3H-In(6)1Jは理化学研究所バイオリソース研究センターへの譲渡を予定しており、理研を通じて全世界の研究者が利用可能となる。

今回の成果は米国遺伝学会が発行するオープンアクセスジャーナル「G3: Genes, Genomes, Genetics」誌の8月号に掲載され、岩田助教が作成したカバーアートが表紙を飾った(図3)。

図3. G3: Genes, Genomes, Genetics誌8月号の表紙

用語解説

*1 ゲノム編集技術CRISPR/Cas9

任意のゲノム配列を削除、置換、挿入することができる技術。CRISPR/Cas9は、標的配列を決めるguide RNA(gRNA)とDNA切断酵素のCas9 nucleaseだけで標的のDNA配列を切断、破壊ができる。作製が簡便でありコストもかからなくなったことで、瞬く間に世界中に拡大した。

*2 染色体逆位

染色体が部分的に逆転している染色体異常。癌や血友病、男性不妊につながる可能性のある染色体疾患である。

*3 i-GONAD (improved Genome-editing via Oviductal Nucleic Acids Delivery) 法

受精卵を有する妊娠マウスの体内にゲノム編集試薬を注入し、エレクトロポレーションを行う手法。採卵・移植のステップが不要で生体のままゲノム編集が可能

お問い合わせ先

研究内容について
岩田悟 中部大学 実験動物教育研究センター助教
電子メール:satoru_iwata@isc.chubu.ac.jp
電話:0568-51-9803(直通)

報道について
中部大学
学園広報部 広報課
電子メール:cuinfo@office.chubu.ac.jp
電話:0568-51-7638(直通)

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