2022年3月15日

  • 学術・研究

人間の協力行動の進化に迫る ─ベニガオザルで高度な協力行動を発見─(松田一希准教授、豊田有創発学術院研究員ら)

研究成果のポイント

  • 野生ベニガオザルで初となる、オスの特殊な繁殖戦略とその実効性を、行動観察と遺伝解析から明らかにした
  • 血縁関係にない群れ内のオス同士が連合を形成し、他のオスから繁殖可能なメスを防衛するという、ヒト以外の動物では珍しい協力行動を発見した
  • 協力できるオスたちは、そうでないオスたちよりも効率的にメスとの交尾機会を得ており、繁殖成功度も高かった

概要

ベニガオザルは、名前のとおり赤い顔が特徴的な、体格の大きなオナガザル科マカク属の霊長類です。本種は、インド・中国・タイ・ベトナム・マレーシアなど、アジア地域に局所的に生息しています。近年は森林伐採や土地開拓によって数少ない生息域が消滅・分断化され、絶滅の危機にひんしています。生息域が局所的な上、切り立った崖の多い岩山を好んで生息するために、本種の科学的な調査は難しく、これまで野生での生態研究が全く行われてこなかった謎の多いサルです。

中部大学創発学術院の豊田有研究員と松田一希准教授、武蔵大学の丸橋珠樹教授ほか2名の日本人研究者および海外の研究機関からなる国際共同研究グループは、タイ王国に生息する野生ベニガオザルの複数の群れを対象に行動生態データを収集してきました。繁殖行動に関するデータを分析していく中で、私たちは、本種のオスが、群れによって全く異なる二つの繁殖戦略をとることを発見しました。ある群れでは、強いオスが単独でメスとの交尾を独占する(単独競争型)一方で、別の群れでは、複数のオス同士が協力して他のライバルオスがメスに接近することを防衛し、メスとの交尾機会を複数のオス同士で共有し、独占していました(連合形成型)。通常、交尾・繁殖は共有することが難しい資源であり、オス同士はそれを巡って激しい競争をします。特に、血縁関係にないオス同士の間のメスをめぐる繁殖競争において、協力的な行動が発現することは稀です。

そこで私たちは、その協力的な繁殖戦略の有効性を、行動観察に加え、遺伝子解析により評価しました。その結果、協力的に振る舞うオスたちの交尾・繁殖成功度は、単独で競争するオスに比べて高い傾向にあることを明らかにしました。また、協力的に振る舞うオスたちは必ずしも血縁的に近縁な個体同士ではなく、血縁関係にない場合もあることを見出しました。ヒト以外の動物においては、こうした血縁関係にない他者に対して協力的に振る舞うことは珍しい現象です。ベニガオザルは、ヒトにおける協力行動の進化起源を解明する上で重要なモデル動物としての研究価値を提示しています。

本研究は、国際専門雑誌Frontiers in Ecology and Evolutionオンライン版で発表されました。

写真:メスと交尾するオス(右)と、協力仲間のオス(左)(撮影:豊田有)

研究手法・成果

中部大学創発学術院の豊田有研究員(当時京都大学霊長類研究所・大学院生)は、現地研究機関の協力の下、2015年よりタイ王国・ペッチャブリー県にあるカオクラプック・カオタオモー保護区に野生ベニガオザルの野外調査拠点を構築し、世界に先駆けて本種の行動データや遺伝試料などの生態データを収集してきました。この保護区に生息する5つの群れ、計400頭以上のベニガオザルを個体識別し、どのオスがどのメスとどれくらい交尾したかを記録しました。430例以上の交尾行動の分析を通して、ベニガオザルのオスたちが、共同でメスを囲い込んで他のライバルオスを排除し、交尾機会を共有するという珍しい協力行動を発見しました。この協力行動が、繁殖戦略上どれほど有効なものであるのかについて検証するために、行動観察と併せて、産まれたコドモの父親を判定する遺伝解析も実施しました。父親候補となりうるほぼすべてのオス、および48組の母子から遺伝試料を採取し、マイクロサテライトDNAのフラグメント解析によって父子判定をおこないました。

約1000時間に及ぶ行動観察から、オス同士の協力行動が見られる群れと見られない群れがあることがわかりました。協力行動が見られない群れでは、最も強いオスが一頭で観察された群れ内での交尾の8割以上を独占していました(単独競争型)。協力行動が見られる群れでは、複数頭のオスが協力してメスを防衛し交尾機会を共有しつつ、全体の8割近くの交尾の独占に成功していました(連合形成型)。双方の戦略において、観察された交尾の独占度に差がない一方で、単独競争型のオスに比べて(交尾メスの42~50%を独占)、連合形成型のオスたちの方(70~84%)が、より多くの群れ内のメスとの交尾に成功していました。連合形成型のオスたちは、互いに協力してメスを監視し、ライバルオスたちのメスへの接近を防衛することで、単独競争型のオスよりも多くのメスとの交尾機会を効率的に得ていると考えられます。群れによってオス同士の協力行動が発現するか否かには、集団サイズや競合オスの数など、群れの社会状況に応じた最適条件が影響していると考えられました。

父子判定の結果は、群れによってばらつきが大きいものの、単独競争型の群れでは一番強いオスが最も多く子どもを残しており(高い繁殖成功度)、その戦略には一定の効果があることが分かりました。一方で、連合形成型のオスたちの繁殖成功度には極端な偏りはなく、繁殖成功度が比較的平等に分配されていました。このことから、連合形成型のオスたちの間では、交尾機会の共有だけでなく、その後の獲得父性の分配にまでつながる、高度な協力行動が見られることが証明されました。

連合形成型のオスたちの血縁的な関係性を遺伝的に計算すると、必ずしも血縁度が高いオスの間だけで協力行動が生じているわけではないことを見出しました。これは、一般的に、動物の協力行動の発現を説明する「血縁選択(他者と協力するなどの利他行動の発現には血縁関係が重要)」に反する事例であり、より人間的な「非血縁個体間での協力行動」に近い行動であることが明らかとなりました。

波及効果・今後の予定

人間は大規模集団になっても、規律ある社会を維持し共通の課題に向かって連携できます。これは、血縁関係にない他者や全くの見知らぬ他者に対しても、協力的に振る舞うことができる能力によるところが大きいとされています。一般的に、ヒト以外の動物においては、こうした血縁関係にない他者に対して協力的に振る舞うことは珍しく、その報告は一部の真社会性動物やコウモリ類に限定されます。今回の研究によって明らかになった、野生ベニガオザルのオス同士で観察された非血縁個体間による協力行動の発現メカニズムは、従来の生物学で説明されてきた血縁選択説によって説明できない、より“人間的な”協力行動の発現メカニズムと類似している可能性があります。ベニガオザルは、ヒトにおける協力行動の進化起源を解明する上で非常に重要なモデル動物としての研究価値を提示しています。

今後は、集団内に数多くいるオスたちの中から、どのような基準で協力相手を選択しているのかを明らかにすることで、集団的知性を促進する生態学的背景や、ヒト祖先における協力行動の発現基盤となった社会的要因の解明を進めていきます。

研究プロジェクトについて

資金

  • National Geographic Foundation for Science and Exploration – Asia Young Explorer Grant(豊田)
  • 公益財団法人 京都大学教育研究振興財団 在外研究長期助成(豊田)
  • 京都大学野生動物研究センター 共同利用・共同研究(豊田)
  • 日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費(#16J0098 豊田)、国際共同研究加速基金・国際共同研究強化(B)(#19KK0191 松田)
  • 公益財団法人 日本科学協会笹川科学研究助成(豊田)
  • 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「人間と情報環境の共生インタラクション基盤技術の創出と展開」(研究総括:間瀬健二)「脳領域/個体/集団間のインタラクション創発原理の解明と適用」(代表者:津田一郎

関連研究機関

中部大学創発学術院、武蔵大学、日本獣医生命科学大学、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科、日本モンキーセンター、京都大学野生動物研究センター、サバ大学熱帯保全研究研究所、タイ王立チュラロンコーン大学、タイ王立霊長類研究センター

論文タイトルと著者

タイトル:Mating and Reproductive Success in Free-Ranging Stump-Tailed Macaques: Effectiveness of Male–Male Coalition Formation as a Reproductive Strategy
著者:豊田有、丸橋珠樹、川本芳、松平一成、松田一希、Malaivijitnond Suchinda
掲載誌:Frontiers in Ecology and Evolution
DOI: 10.3389/fevo.2022.802012

本学の問い合わせ先

研究に関すること

豊田有(中部大学 創発学術院 研究員)
E-mail:aru.toyoda[at]gmail.com ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-9844(創発学術院)

松田一希(中部大学 創発学術院 准教授)
E-mail:ikki-matsuda[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話 0568-51-9907(研究室直通)

報道に関すること
中部大学 学園広報部 広報課
Eメール:cuinfo[at]office.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-7638(直通)

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