2022年3月22日

  • 学術・研究

ライチョウの糞の精密DNA解析で採食した植物を高精度で同定-保護のための高山植生保全に活用-(藤井太一助手、上野薫准教授、南基泰教授ら)

研究成果のポイント

  • ライチョウの糞を調べるだけで食べた高山植物を種(しゅ)レベルまで正確に同定
  • 特別天然記念物で絶滅危惧種の保護に重要なデータを取得
  • 他の生物への応用も可能

概要

中部大学応用生物学部の藤井太一助手上野薫准教授南基泰教授らの研究グループは、環境保全のコンサルティングなどを手がける企業いであ株式会社の環境創造研究所と共同で、次世代DNAシーケンサーを用いてニホンライチョウ(以降、ライチョウ)の糞からライチョウが採食した高山植物を種(しゅ:生物分類上の基本的単位)のレベルで高精度に同定する技術を世界で初めて開発した。その技術を用いて北アルプスに生息するライチョウの主要な餌資源となっている49種3属1科の合計53種類の高山植物を同定することに成功した。

採取した糞サンプルの約70%にツツジ科のクロウスゴとガンコウランが含まれていたことから、これらの高山植物がライチョウの主要な餌資源となっていることも初めて明らかにした。また、糞20サンプルを本技術で解析することで、その時期の主要な植物性餌資源の約90%を解析可能であることを明らかにした。本技術は、ライチョウ生息地での長期間にわたる直接観察を必要とせず、観察者の接近によるライチョウへのストレスもなく、ライチョウの植物性餌資源を担保した保全活動に貢献が期待できる。

ライチョウ(左:メス、右:オス)
ライチョウ(左:メス、右:オス)
ライチョウの糞
ライチョウの糞
クロウスゴ(ライチョウの採食跡がある)
クロウスゴ(ライチョウの採食跡がある)

研究の背景

ライチョウの植物性餌資源把握の必要性

特別天然記念物および環境省絶滅危惧種IB類に指定されているライチョウは、昨今の気候変動に伴う生息地環境の劣化、捕食動物の高山帯への侵入などによって将来的絶滅の危険性が極めて高い。日本における保全活動として、生息域内および生息域外保全が行われ、この保全計画の実現のためには、主要な餌資源となっている高山植物種の保全が必要である。主要な植物性餌資源を種レベルで明らかにすることができれば、生息域内における植物性餌資源を担保した生息地環境整備、生息域外の人工飼育のための飼料開発に貢献できる。

植物性餌資源調査の問題点

ライチョウの植物性餌資源についての調査技術は、過去にも報告されている。解剖による胃腸内容物調査(例えば、千羽1965)は、種レベルでの同定が可能であるが、現在では解剖を伴うため実施不可能で、仮に死個体を用いたとしても調査個体数に限りがある。糞中の植物残渣の顕微鏡観察(例えば、菅1979)は、採食された植物が細片化しているため種レベルでの同定ができない。そのため、現在では生息地で、「ついばみ」された植物を直接観察する方法が主流となっている。しかし、「ついばみ」の直接観察は目視観察のため植物種の誤同定、長期間の追跡調査、観察者の追跡によるストレス、高山植物の踏み付けなどの問題点がある。そのため、従来の植物性餌資源調査法よりも、ライチョウへのストレスや高山植物の踏み付けのない、短期間で、誰もが可能な調査法の開発が必要である。

研究の概要と成果

本研究の概要と新規性

本研究では、近年、野生生物種の餌資源同定に広く利用されているDNAバーコーディング法を用いたライチョウの植物性餌資源の開発を行った。DNAバーコーディング法とは、DNAの塩基配列(A・T・G・C)の情報を基に生物種を推定する手法である。従来の糞サンプルからのDNAバーコーディング法を用いた場合、植物性餌資源を生物分類の科(か)か、その下位の属(ぞく)までしか同定できない場合が多く、また、クローニング法では採食したすべての植物種を網羅することができなかった。そこで、葉緑体DNAのrbcL領域、核DNAのITS領域を組み合わることによって生物分類で属より下位であり基本的単位の種(しゅ)での同定が可能で、従来のクローニング法では網羅できなかったすべての採食された植物種を検出できる次世代シーケンサーを用いたアンプリコンシーケンス解析法を世界で初めて開発した。

DNAバーコーディングに先立ち、研究チームは3年弱かけて調査地域に生息する植物のDNAを詳しく調べ、データベースを構築した。このデータベースは既に公開している。そして開発した技術を用いることによって、2015-2018年に北アルプスの太郎山(富山県)で採集したライチョウの糞116サンプルから、ライチョウが採餌していた高山植物として49種3属1科の合計53種類を同定した。特に、採取した糞サンプルの約70%にツツジ科のクロウスゴ、ガンコウランが含まれていたことから、これら高山植物がライチョウの主要な餌資源となっていることを初めて明らかにした。

研究成果の有用性

本技術は、ライチョウ生息地での長期間にわたる直接観察を必要とせず、観察者の接近によるライチョウへのストレスを与えない。糞を採集するだけなので、一般の登山者でも調査に参加ができる。また、糞20サンプルのDNAを解析するだけで、その時期の主要な植物性餌資源の約90%がわかる。本技術の有用性について、ライチョウにおける過去の植物性餌資源同定法と比較したものを、以下の表に記載した。

調査方法
調査者:調査期間
胃腸内容物調査
(千羽:1926-1928年、7~10月、39個体)
胃腸内容物調査
(里美、湯浅:1967年、10月、1個体)
ついばみ直接観察
(小林、中村:2009年、7~10月、のべ43日間観察)
本研究
(2015-2018年、のべ13日間糞採集)
同定レベルの内訳種レベル:16種類
スギゴケ類:1種類
種レベル:5種類種レベル:33種類
属レベル:1種類
種レベル:49種類
属レベル:3種類
科レベル:1種類

研究成果の波及性

現在、ライチョウ生息地間における植物性餌資源の相違については、未だ詳細な解析が進んでいない。今後、本技術を用いて、全国のライチョウ生息地において植物性餌資源を明らかにしていくことが、ライチョウ保全において必須であると考えている。本研究で開発した手法は従来の手法と比較して、ライチョウへのストレスを軽減し、植物性餌資源を高い精度で解析できるため、多くの生息地で実施可能な汎用性がある。日本各地のライチョウ生息地で、本技術を用いた植物性餌資源同定を行うことによって、各ライチョウ生息地の植物性餌資源を担保した高山植生保全が実施可能となる。

なお本研究は科研費基盤C(16K00639)、大幸財団(9216)、中部大学特別研究費P(30M03P)の助成を受けて実施した。研究成果は2022年3月10日付で米科学誌PLOS ONE(電子版)に掲載された。

研究成果の公表

本研究に関する論文

  • タイトル:Identification of Lagopus muta japonica food plant resources in the Northern Japan Alps using DNA metabarcoding.(DNAメタバーコーディング法を用いた北アルプスに生息するニホンライチョウの植物性餌資源同定)
  • 著者名:Fujii T, Ueno K, Shirako T, Nakamura M, Minami M
    (藤井太一 [1]、上野薫 [1]、白子智康 [2]、中村匡聡[2]、南基泰[1]:[1]中部大学 応用生物学部、[2]いであ株式会社 環境創造研究所)
  • 掲載誌: PLOS ONE
    DOI: 10.1371/journal.pone.0252632

本学の問い合わせ先

研究に関すること
藤井太一(中部大学 応用生物学部 助手)
E-mail:fujii_t[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-4152(応用生物学部事務室)

報道に関すること
中部大学 学園広報部 広報課
Eメール:cuinfo[at]office.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。
電話:0568-51-7638(直通)

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