2022年9月6日

  • 学術・研究

温度差のある二つの物体の近接で生じる横滑り力の発生原理を理論的に解明 ─熱を容易に運動に変える新たな工学技術への発展に期待─(米村 茂教授ら)

発表のポイント

  • ノコギリ歯状の表面微細構造を持つ高温基板に低温物体に近づけるだけで両者をスライドさせるクヌッセン力(※1)
    を分子シミュレーションで再現
  • 熱流体力学では説明できなかったクヌッセン力の発生メカニズムを、気体分子運動論により世界で初めて理論的に解明
  • エンジンのような複雑な機構なしに、物体を近づけるだけで熱から仕事を取り出せる新たな工学技術への応用に期待

プレスリリース文書

概要

ノコギリ歯状の表面構造を持つ高温基板に低温物体を1ミクロン以下の距離まで近づけると、物体と基板をスライドさせるクヌッセン力が働くことが従来研究で指摘されていた。この力は熱流体力学で説明できず、発生メカニズムも性質も未解明であった。

中部大学工学部の米村 茂教授と東北大学流体科学研究所の博士後期課程大学院生のOtic Clint John Cortes氏は、分子シミュレーションによってこの力を再現することに成功し、両物体間の距離が、気体分子の平均自由行程(※2)の百分の一から十倍までの間の大きさである場合にのみ、この力が顕著に現れることを明らかにした。さらに分子の入・反射によって物体表面に伝えられる運動量に着目して、この力の発生メカニズムを理論的に解明した。

この力を利用すれば、エンジンなどの内燃機関のような複雑な機構なしに、表面の微細加工によって、熱から仕事を取り出すことが可能になり、非常に画期的である。この研究成果は、米国物理学協会が発行する流体分野で最も権威のある学術雑誌Physics of Fluidsに7月19日に掲載された。また同協会が高評価した論文を一般向けに紹介するサイトAmerican Institute of Physics Showcaseでも取り上げられた。

研究内容

図1のように、表面にノコギリ歯状の微細構造を持つ高温基板に低温物体を近づけると両物体をスライドさせる力〈𝜏Kn〉が表面に働くことが報告されていたが、この現象は熱流体力学で説明できず、発生メカニズムも性質もよく分かっていなかった。

米村茂先生 図1

図1:表面微細構造を持つ高温基板と低温物体に働く接線方向クヌッセン力

接触していない物体と基板の間に力が働くということは、両者に挟まれた空間にある気体分子が、一方からもう一方に運動量を伝えているからにほかならない。そこで本研究では、高温基板と低温物体の間の空気の気体分子の運動を追跡する分子シミュレーション(数値実験)を行い、図2に示すように、両物体の温度差により気体流れが両面間で誘起され、図3に示すように、物体の表面で入・反射する気体分子によって、両物体をスライドさせる接線方向の力〈𝜏Kn〉が発生することを確かめた。

本研究では、平均自由行程𝜆と高温基板と低温物体の間の距離𝑔の比をクヌッセン数Kn=𝜆𝑔⁄(※3)と定義し、これを図3のグラフの横軸としている。数値実験の結果、力〈𝜏Kn〉はクヌッセン数Knが0.1から100の間で顕著となり、クヌッセン数Knが2程度のとき最大となることが分かった。このように、この力はクヌッセン数が1程度の大きさを持つ場合にのみ現れるためクヌッセン力と呼ばれている。このクヌッセン力〈𝜏Kn〉は最大で周囲の大気圧𝑝aveの1000分の1ほどの強さになるが、これは1cmの高さの水柱を水平方向に重力加速度で加速できる力であり、決して小さくない。また図2に示す流れもクヌッセン数が1程度の大きさを持つ場合にのみ両物体の温度差により熱的に誘起され、熱流体力学では予測できない流れである。

本研究ではこの力の理論を構築するにあたって、物体表面に入射する分子の過去の経験に注目した。低温物体表面に入射する分子は、高温基板表面で入・反射した後、他の分子と衝突すること無く低温物体表面に直接入射する分子のグループと、気体中で他の分子と衝突してから低温物体表面に入射する分子のグループに大別できる。高温基板で入・反射した分子は基板で加熱され、大きな運動量を持つため、それ以外の分子と区別し、二つの分子グループによってもたらされる力の理論式を構築した。図4に示すように、この理論式によって見積もられる力と、図2で見られた熱的誘起流れによって物体表面に働く粘性力を重ね合わせて得られる力の表面分布(赤線)は、数値実験によって得られた力の表面分布(青線)と良好に一致した。ここで、図4の下部に描かれたノコギリ歯形状は基板表面のノコギリ歯の位置を示している。この一致により本理論の正しさが証明された。そして、理論を構築した際の考え方から、高温のノコギリ歯状の基板表面で反射された高エネルギー分子が他の分子と衝突することなく、大きな運動量を持ったまま低温物体の表面に入射することが接線方向クヌッセン力を引き起こす最も大きな要因であることが分かった。

本研究では、表面微細構造を持つ高温基板と低温物体を近づけた場合に現れる接線方向クヌッセン力のメカニズムを明らかにした。この解明により、現象の理解が進み、より強い力を効率よく得るための方法や最適な表面形状についての研究が今後進展するだろう。この現象を利用すれば、画期的な装置の開発が可能になる。例えば、図5に示すように二重円筒の内側円筒の外表面に微細な表面構造を施して、加熱してやれば、矢印の方向に内側円筒が回転するモーターとして機能するようになる。すなわち、エンジンのような複雑な機構なしに簡単に熱から仕事を取り出すことが可能になるのである。

マイクロマシンのような微細な機械を動かすために、エンジンや電気モーターのような機構を作り込むことは非常に難しいが、回転軸表面を微細加工するだけなら比較的簡単である。この現象は、小さな機械要素を駆動するマイクロマシンやセンサーの分野での応用が期待できる。

米村茂先生 図2.3.4.5

用語解説

※1 クヌッセン力

物体まわりの気体に、気体分子の平均自由行程(※2)程度の空間スケールで温度分布がある場合には、気体は局所的な熱平衡状態にはなく、物体表面に入射し散乱する気体分子によって物体表面にもたらされる運動量にアンバランスが生じる。このアンバランスによって物体に力が働く。温度変化の空間スケールを代表長さ𝐿と考えると、この流れ場において平均自由行程𝜆と代表長さ𝐿の比で定義されるクヌッセン数(※3)Knが1程度の大きさになるため、この力をクヌッセン力と呼ぶ。

※2 平均自由行程

空気中の気体分子は他の分子と衝突しながら絶えず動き回っている。他の分子と衝突せずに真っ直ぐ進める距離を自由行程といい、その平均値を平均自由行程という。

※3 クヌッセン数Kn

クヌッセン数Knは気体分子の平均自由行程𝜆と流れの代表長さ𝐿の比で表される無次元数。Kn=𝜆𝐿⁄。クヌッセン数Knが1より十分小さい場合には、気体分子間の衝突が頻繁に起こり、気体分子全体を繋がりのあるものとして考えることができるため、気体分子の集団(塊)を流体という物体として捉え、その運動を流体力学によって取り扱うことができる。一方で、クヌッセン数が1程度まで大きくなると、気体分子間の衝突が不足するため気体分子同士の繋がりが弱くなり、分子の塊としてではなく、個々の気体分子の運動を考慮する必要が出てくる。

資金情報

本研究は日本学術振興会(JSPS)学術研究助成基金助成金 JP20K04279の助成を受けて実施した。

研究に用いられた計算資源

本研究の数値実験は東北大学流体科学研究所未来流体情報創造センターのスカラー並列コンピュータAFI-NITYを用いて実行した。

論文情報

雑誌名:Physics of Fluids
論文タイトル:Mechanism of tangential Knudsen force at different Knudsen numbers
DOI番号:10.1063/5.0096324

本学の問い合わせ先

研究に関すること
米村 茂(中部大学 工学部機械工学科 教授)
E-mail:yonemura[at]isc.chubu.ac.jp ※アドレスの[at]は@に変更してください。

報道に関すること
中部大学 学園広報部 広報課
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電話:0568-51-7638(直通)

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