ワクワク好奇心研究室 Vol.6 

お知らせ

    加々美康彦先生 国際関係学部国際学科

    先生のご専門とされる海洋法とはどのような世界なのでしょうか?

    ― 海洋法とは、海の国際法です。国は領海において外国船舶にどのような措置がとれるのか、排他的経済水域や大陸棚の境界線はどう引かれるべきか、深海底の鉱物資源の開発から得られた利益はどう配分されるべきかといった、海洋における国の行動を規律します。主に国連海洋法条約などの国際条約や、諸国家の実行の積み重ね(国際慣習法)がそのようなルールを定めています。

    「排他的経済水域」という言葉は、最近も報道などでよく耳にします。

    ― どこかの国のミサイルが、日本の排他的経済水域の外に落ちたといったニュースを聞くことがありますよね。私も時々メディアからコメントを求められることがあります。排他的経済水域(Exclusive Economic Zone:EEZ)とは、国連海洋法条約で導入された海域で、沿岸国は海岸線(低潮線)から200海里までの範囲で設定することができます。EEZにおいて、沿岸国は排他的に経済活動を行う権限が与えられます。1海里は1,850mなので、200海里は約370kmです。370kmと言えば、中部大学のキャンパスから直線距離で、福島県の猪苗代湖にまで届きますね。日本のEEZは国土面積の12倍、約447万平方km。世界で6番目に大きいといわれます。

    ところで、なぜ「200」海里なのかというと、あまり深い意味はありません。国連海洋法条約の交渉の際に、EEZの範囲について一番遠い距離を提案したペルーの意見が世界中の支持を集めたからなんですね。ペルー沖合のちょうど200海里あたりにフンボルト海流が流れている関係で、世界有数のアンチョビ漁場があります。ペルーはその漁場を自分のものにしたいと考えたのです。これが「200」という数字の由来です。

    実は、このEEZ導入に世界で唯一、最後まで抵抗した国があります。日本です。条約が交渉された1970年代、日本は世界最大の遠洋漁業国でした。もし世界中の国がEEZを設定すれば、日本は世界中の漁場から締め出されることを意味します。だから、日本は最後まで必死に抵抗しました。条約交渉会議の終盤で日本代表が発言を求めたとき、議長から“Mr. Except One, please!” (残り一国さん、どうぞ!)と呼ばれたそうです。

    国連海洋法条約に基づく海域区分

    なぜ日本のEEZはそんなに広いのでしょうか?

    ー たとえ国土は小さくても、絶海の孤島を領有する国は、他国に邪魔されずにEEZを設定することができるからです。世界最大のEEZを有するのはアメリカですが、実はそのEEZの約6割は島を基点に設定されているのです。国土が太平洋に散らばるキリバス共和国の国土面積は800平方kmほどですが、そのEEZ面積は国土面積の約4,300倍の360万平方kmになるそうです。このように、国連海洋法条約のお陰で、小さな島国であっても大きな存在感をもつようになったのです。


    チリ共和国のサラ・イ・ゴメス島
    絶海孤島の無人島だが、周囲に広大なEEZが設定されている。
    Enrdes, Aerial picture of Sala y Gomez Island, Wikimedia Common

    島の大小に関係なく、EEZを主張することができるのでしょうか?

    ― 国際判例に沿って答えるとすれば、「イエス」です。しかし、問題はそう簡単ではありません。国連海洋法条約には悩ましい条文があります。第121条です。その1項は「島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう」と定めています。これとの関係でよく話題にのぼるのが沖ノ鳥島です。東京から南に1,740km離れた無人の絶海孤島です。

    沖ノ鳥島は、高潮時においても水面上にあるので、第121条1項にいう「島」といえます。日本政府はそのように解釈し、EEZを設定しています。ところが、同条3項に目を移せば「人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない」と定められています。そこで、沖ノ鳥島は「島」ではなくて「岩」ではないのかという疑問が湧くのです。

    しかし、人間の居住とは何か(誰がどれくらい住めば良いのか)、独自の経済的生活とは何か(何がこれに該当するのか)などは、条文がシンプルすぎて、いかようにも解釈できるようになっています。そのため中国や韓国は、沖ノ鳥島は3項の「岩」なのでEEZを有しないぞ、と主張しているのです。

    沖ノ鳥島(東京都提供)

    国際海洋法は難しいかなと思っていましたが、先生のお話で普段のニュースがよく分かるようになりました。

    ― 海洋法にかぎらず、国際法を知れば、ニュースがより深く理解できるようになります。国際法の守備範囲はとても広く、深海底から宇宙まで、ジェンダーから戦争まで、色々な問題を扱います。私は海洋法が専門ですが、宇宙の国際法にも、とても興味があります。なんといってもロマンがありますからね。国際法の授業でも、「天体は領有できるか?」とか、「月の土地を買うことができるか?」など、宇宙の国際法を扱うことは多いです。ちなみに、私は、月の土地を所有しているんですよ(笑)

    先生は月の土地を所有しているって、本当ですか?

    ー はい、本当です。ポケットマネーで買いました。3,000円もしました(笑)アメリカのある企業が「月の土地の権利書」を販売しているというのを知りまして、月の土地1エーカー(サッカーグラウンドほどの広さ)の土地を、ネットで購入しました。

     宇宙条約によれば、月その他の天体が「国家による取得の対象とはならない」と定めています(第2条)。アメリカの会社はこの条文に着目して、国家は取得できないが、個人が取得できないとは定めていないと解釈して、権利書の販売に乗り出したそうです。今日まで10億円以上の売上があるそうですよ。まあ、こうした解釈が国際法上、正しい解釈かどうかは授業でお話しすることにして、ここでは伏せておきましょう。

    月の土地権利書(私蔵)

    先生のゼミ生の卒業論文のテーマにはどのようなものがありますか?

    ― 面白いことに、何年かに一度、なぜか女子学生が海賊問題をテーマに選んで卒論を書く傾向があります。カリブではなくソマリアの海賊ですが。ゼミでは常々「大学生の間に、天下国家を論じてみよう!」と言っているので、領土問題、安全保障などをテーマにする卒論も多いです。世界遺産を調査して「どうしたら富士山を世界自然遺産に登録できるのか(文化遺産としては登録済)」という面白い卒論を書いて観光業界へ進んだ学生もいます。また、イスラム世界の国際法で卒論を書いた学生と、難民条約の解釈論で素晴らしい卒論を書いた学生は、オハイオ大学大学院に特別奨学生として進学しています。みんな、将来が楽しみです。

    学生を含めた若者へのエールをお願いします。

    ― 私は昔から音楽が好きで、大学時代には中南米のサルサ音楽に入れ込みました。なので、私の好きな言葉はサルサの歌詞の一節です。「人生はあなたに驚きを与え、驚きはあなたに人生を与える(La vida te da sorpresas, sorpresas te da la vida)」。若い人にはこの言葉を贈ります。若い間にいっぱい驚いて、人生を豊かにしてくれたらと思います。

    国連本部の広場で

    インタビュアー感想:
    排他的経済水域(EEZ)のニュースはよく聞きますが、中部大学に専門家がいるのですね。地球に多数ある国々の意見をまとめてルールを作り上げるなんて、かなり大変そうです。それにしても、名も無い小さな島がひょっこり海から顔を出しているだけで、国際的な争いの種になるなんて、全くの死角でした。国際法や海洋法を知れば、国際社会がこれまでとは違ったように見えてきますね。

    加々美 康彦先生
    国際関係学部国際学科 教授
    専門分野 国際法、海洋法、自然保護法、海洋政策

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