2026年10月15日

  • 教員

経営情報学部 経営総合学科 白川 智弘 先生

白川先生サムネイル

必要な情報を、必要な人に届ける、生成AI時代に「人間にしかできないこと」を探して

プロフィール

白川 智弘先生。福岡県北九州市出身。神戸大学大学院自然科学研究科地球惑星システム科学専攻博士後期課程修了。博士(理学)。長岡技術科学大学大学院工学研究科情報・経営システム工学専攻准教授などを経て、2023年に中部大学に着任。現在は経営情報学部 経営総合学科 教授。

福岡を起点に、大阪、兵庫、神奈川、新潟と各地を巡り、中部大学着任からは愛知での生活を始める。幼少期から辛いものが好きで、台湾ラーメンなど「なごやめし」にも「かなりの適性があった」とのこと。

先生の研究内容

「私の研究の根底にあるのは、『知能とは何か』という問いです。生物・人間・AI・社会という異なる対象を通して、この問いを考えることに始まります。たとえば、脳を持たない粘菌が環境に応じて行動を変える仕組みを調べたり、人の購買行動やSNSでの行動、どんな発信がどんなレスポンスにつながるのかといった分析も、知的行動の枠内として研究しています。生き物が環境の情報を受け取り、統合して行動を選ぶこと自体が、すでにインテリジェンスのひとつなのです。

経営情報学部の学生との研究では、Web上の口コミや小説、地域のデータの分析や、NoCode(プログラミングをせずにアプリやWebサイトを作る方法)でアプリを作って人の行動を確かめるといったテーマに取り組んでいます。こうした、生命に備わる『天然の知能』から人工知能、さらに社会の動きまでをつなげて考える研究のあり方を、私たちの研究室では『統合知能科学』と呼んでいます。身近な現象を『情報を受け取り、判断し、行動する仕組み』として捉えると、身近な疑問がそのまま最先端の知能研究につながるというのがこの研究の面白さです」

真性粘菌と呼ばれる巨大アメーバ
粘菌を3日間移動させた際の軌跡

身の周りの「不満」を減らすために研究を行う

白川先生お話し中

「『幼い頃から科学者になるのが夢でした』というような、きれいな出発点ではありません。むしろ私は物心ついた頃から、身の周りのさまざまなことに不満や違和感を持つことが多い人間でした。なぜ人は病気になり、老いるのか。百年後ならもう少し快適に生きられたかもしれないのに、なぜ今のこの技術水準で生きなければならないのか。そうした疑問を突き詰めた結果、『人間や社会はもっと賢くなれるのではないか』という問いにたどり着きました。私にとって研究とは、世界に感じるさまざまな『不満』を、少しずつ減らしていくための方法なのだと思います。 職業選択については早い時期から研究者と決めていました。誰かに決められた仕事をこなすのは自分には難しいので、自分の裁量でやることを決められることが職業選択の最低条件でした。となると、選択肢は起業するか研究者になるかで、迷った覚えはありません」

自分が知りたい問いに合わせて必要な学問を取り入れる

学生時代のゼミ旅行での一枚 (右から2番目が白川先生)
学生時代のゼミ旅行での一枚 (右から2番目が白川先生)

「正直あまりうまく大学のカリキュラムになじめていた学生ではありませんでした。転機になったのは大学4年生の卒業研究で、自分で問いを立て、自分で研究テーマを決めて取り組むようになって、『学ぶこと』が面白いと感じるようになりました。大学院からは、羽を伸ばしていろいろなことができるようになりました。

学部生の時は生物学を学び、大学院修士課程では生物物理学を専攻して細胞膜の修復の仕組みを研究していました。やがて、個々の生命現象を詳しく調べるだけでは満足できなくなり、『そもそも生命とは何なのか』『生命らしい知能や適応は、どのような仕組みから生まれるのか』ということに興味が移っていきました。 そこで博士課程では、生命を一つのシステムとして捉えるために、情報科学やシステム論へと研究分野を広げました。研究室ではカニの群れや魚を使った研究、認知実験なども行われていて、地学の雰囲気はまったくありませんでした。それまでアメーバ(粘菌)の細胞膜修復を研究していたのが、ここでアメーバの知性という分野に切り替わったのです。分野の境界をあまり気にせず、自分が本当に知りたい問いに合わせて必要な学問を取り入れる研究スタイルは、この頃に出来上がったのだと思います」

先生が考える大学教育

学生が制作したアプリ 「ちゅとらリンク」(左):受験生と現役大学生をつなぐコミュニケーションアプリ 「春日井市防災マップ」(右):市内の最寄りの避難所情報を閲覧、経路を検索できるアプリ

「大学教員という立場において、私の教育への関心は、研究と教育の間に生じるジレンマをどう壊すか、というところにあります。教育熱心になるほど研究のリソースが削られ、研究に割くほど教育がおろそかになる。どちらも確実に対応するには、システマティックにするべきだと考えています。

その実践の一つが『輪講型講義』です。学生全員がノートパソコンでWeb会議システムにつなげ、教材をページ単位で分担して、各自が席に座ったまま画面共有で要約発表を行います。160ページの教科書を受講者80人で1ページずつ要約発表し、二巡する、というような形です。これは通常講義と比べて出席率や授業評価、学習成果の向上が確認されています。教員は講義資料を作る必要もなく、学生にとってもいろいろな人が話すので飽きが来ません。

また、文系の学生でもAdalo(ノーコードアプリビルダー)などのNoCodeやChatGPTなどの生成AIを活用すれば、高度なプログラミング技術がなくてもアプリ開発やデータ分析に取り組めます。PowerPointを作る感覚でアプリが作れるのです。これまでに、現役の教員や学生が高校生の質問に答える広報アプリをゼミ生と共に開発したり、進学動機のアンケートをAIで分類・評価して、学生がどのようなポイントを重視して進学先を決めたのかを可視化する研究も行ってきました。

こうした教育方法の改善にも力を入れて取り組んでいます」

「あてになる」ことの大切さ

「実は、中部大学には25年ほど前、大学生の頃に一度だけ訪れたことがあります。近隣で開催された学会に参加した際、細かなことまでは覚えていませんが、正門から見たキャンパスの景色がとてもきれいだったという印象が残っています。その後、採用面接のために久しぶりに中部大学を訪れた時にも、同じように感じました。

また、中部大学の建学の精神である『不言実行、あてになる人間』は、とても良い言葉だと思っています。中部大学への就職を考えた際、『本当にここでよいのだろうか』と自分に問い直したことがありました。背中を押してくれたのが、この建学の精神でした。この言葉の価値は、逆を考えてみるとよく分かります。どれほど学歴が高く、経歴が立派でも、『いざという時にあてにならない人』であれば、周囲から信頼されることは難しい。反対に、困った時に頼ることができ、任されたことを着実に果たす人は、どのような社会でも必要とされるはずです」

メッセージ

白川先生プロフィール

「『統合知能科学』には、生命そのものを考える視点も含まれています。その立場から一つ伝えたいのは、もし生きることに意味があるのだとすれば、その意味はどこか外側から与えられるものではなく、『生きる』という営みそのものの中にあるのではないか、ということです。

世の中はいろいろと複雑ですが、ソクラテス的にいえば『善く生きる』ことは一つの答えなのだと思います。誰かが作った仕組みにただ乗りし、周囲から『あてにならない』と思われるような生き方を続ければ、人生の最後には大きく後悔してしまうのではないでしょうか。J.S.ミルは、『満足した豚であるより不満足な人間である方がよい。満足した愚者であるより不満足なソクラテスである方がよい』と述べました。つまり、ただ快楽を求めるだけの状態よりも、苦悩を抱えている状態であっても知性を持って生きる方が価値があるという考えです。

私のゼミでは、3年生の最初に自分で研究テーマを選んでもらい、AIのサポートはどんどん使ってよいとしています。ただし、AIに頼りきりではなく、『自分の研究クオリティ、自分の理解はどこにあるのか』という部分をしっかり確保しながら進めていく方針です。これからは生成AIを使えることは、パソコンを使えることと同じように、当たり前の前提になると思います。では、その先にあるあなた自身の価値は何かという点について、考えてほしいと思います。

私は学生の皆さんにソクラテスになる方法をいつも教えているつもりです」

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